マレーシアで暗殺された北朝鮮指導者一族の金正男氏(45)の長男キム・ハンソル氏(21)がネット動画で発した、「父は殺された」という告白が波紋を呼んでいる。7日公開された動画をアップしたのは脱北者支援団体で、ハンソル氏の“保護”には米国、中国、オランダと「ある匿名の政府」の4か国が尽力したという。ハンソル氏がこのタイミングで動画を公開した理由、そして鍵を握る「匿名政府」の正体とは――。

 唐突に見えて用意周到だ。ユーチューブに投稿された40秒の動画には様々な情報がちりばめられている。

 画面に現れた黒髪の男性はパスポートを示しながら「私は北朝鮮のキム・ハンソルです。キム一族の一員です。私の父は、数日前に殺されました。私は今、母と妹と一緒にいます。状況がよくなることを願っています」と英語でコメント。

 韓国の国家情報院は男性をハンソル氏と断定している。同氏は続けて「僕は母、妹と一緒にいる。○○に感謝する」と述べたが、○○部分は音声が消され、口元の動きはわからないよう加工されていた。

 正男氏の暗殺後、ハンソル氏は渦中に放り込まれた。遺体を正男氏と認めず、事件への関与も否定する北朝鮮に対し、マレーシア当局はハンソル氏ら親族による遺体の身元確認を急いだ。しかし、暗殺の恐れがあること、半島情勢の緊迫を危惧した中国政府の働きかけもあり、ハンソル氏は滞在先のマカオにとどまるしかなかった。

 事態が急変したのはこの数日。ヒントは動画を掲載した「千里馬(チョルリマ)民間防衛」なる脱北者を支援する団体だ。同団体のウェブサイトが登録されたのは今月4日。まるでハンソル氏のために“作られた”かのようだ。

 同団体はサイト上で「キム氏の家族が保護を求めてきたため、3人に会って、安全な場所に移動させた」と説明。「緊急の時期に一家の人道的退避を支援したオランダ政府、中国政府、米国政府と、ある『匿名の政府』に感謝を申し上げる。また北朝鮮の体制内で支援した同僚たちにも感謝の意を表します」と記している。

 軍事アナリストの黒井文太郎氏は「ハンソル氏の保護に複数の国の諜報機関が関わっていることが分かった。あえて国名を出したのは北朝鮮へのプレッシャーだろう」と分析。「ハンソル氏がこのタイミングで出てきたのは、暗殺の危険から逃れ、今後の身の振り方が決まったから。動画はフリートークではなく、彼を保護する機関から指示を受けている可能性が高い」と話す。

 鍵を握るのは「匿名政府」と表記された国だ。黒井氏はこれを「韓国だろう」と即答。匿名扱いにしたのは、北朝鮮に対する揺さぶりで、韓国の諜報機関は当初からハンソル氏と連絡を取り合っていたという。

 すでにマカオを離れたとみられるハンソル氏、今後はどう動くのか?

 黒井氏は「名前の挙がった米中蘭3か国か、韓国のいずれかに亡命するだろうが、その先はまだわからない」と語る。一部では脱北者による亡命政府のトップに就任するという情報もある。

 韓国事情に詳しいライターは「父の正男氏は以前、亡命政府のリーダーを打診された時に『息子の方が向いている』と、ある雑誌のインタビューで答えている」と話す。

 れっきとしたロイヤルファミリーのハンソル氏が、4か国のバックアップのもと、亡き父の弔い合戦をする可能性もゼロではない。その時、正男氏の異母弟でハンソル氏にとっては叔父になる金正恩朝鮮労働党委員長はどう動くか――。