【障害者殺傷】就職当初は同情していた植松容疑者が別人になった理由とは

2016年07月31日 08時00分

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され26人が負傷した事件で、元施設職員植松聖容疑者(26=殺人容疑などで送検)が襲撃時にショルダータイプのかばんを持ち、少なくとも包丁とナイフ計5本にハンマー2本、結束バンドと手袋を入れていたとみられることが29日、分かった。神奈川県警津久井署捜査本部は入念に準備したとみている。

 植松容疑者は今年2月ごろから職場で「障害者は抹殺するべき」などと主張するようになり、同月15日には衆院議長宛てに障害者の殺害を予告する手紙を持参。入所者の手に落書きしたり暴力を振るうなどの勤務態度、入れ墨などの生活態度にも問題があったため、施設を事実上の“クビ”になり、そのまま措置入院した。だが、施設に就職した2012年当初はまったく違っていたようだ。植松容疑者の知人は「就職当初、先輩職員の入所者に対する扱いが荒く、時に暴力的なことを周囲にグチって『こういうもんなのかね』と憤慨していました。手荒く扱われる障害者を見て“安楽死”という発想になったのではないか。それにクスリが入って“自分がやる”となってしまったのかもしれない」と語る。

 植松容疑者が通っていたクラブ関係者は「3年くらい前まで友人5~6人とよく来店していた。本人は『介護施設に勤めている』と言っており、障害者施設とは聞いていなかった。目つきが悪く、ほかの酔っ払いに絡まれて『見てんじゃねえ』『見てねえよ』などとトラブルになることがあった。でも、そのころは思想的な話は聞いたことはないし、むしろ政治には関心がなさそうに見えた」と言う。

 しかし、「ここ1年ぐらい街中で見かけた植松容疑者は日サロ焼けして派手になっていて驚いた」(同)。日焼けに入れ墨でイカツく見せ、顔を整形した植松容疑者は同時に、中身も大きく変貌していたようだ。