自殺願望のワケは何だったのか? 三重県伊勢市の虎尾山で9月28日、同県松阪市の高校3年波田泉有(はだ・みう)さん(18)の刺殺体が見つかり、伊勢署は殺人容疑で同級生の高校3年の男子生徒(18)を逮捕した。警官が駆けつけると、被害者、容疑者と波田さんの母親を含む同級生ら10人がいたという“奇妙な現場”だった。もともと被害者には自殺願望があったといい、男子生徒は「頼まれてやった」と供述している。前代未聞の未成年同士による嘱託殺人なのか? 自殺願望の理由を追った――。

 9月28日の下校時間以降、波田さんと容疑者の男子生徒の2人の行方が分からなくなり、友人らが無料通信アプリLINEで居場所を尋ねたところ、男子生徒から現場の虎尾山にいるとの返答があった。駆けつけた同級生や波田さんの母親がそこで見たのは変わり果てた波田さんの姿。母親は号泣し、友人の女子生徒は悲鳴を上げたという。

 波田さんは左胸を心臓まで刺されて失血死し、傍らには血の付いた刃渡り約20センチの包丁が転がっていた。捜査関係者によると、死因となった深さ約15センチの刺し傷1か所以外に、争ったり、体をかばったりしたような目立った防御創がなかった。

 同署によれば、同日午後5時10分ごろ、男子生徒は波田さんを殺害した疑いがある。「自分がしたことに間違いない。波田さんに頼まれてやった。包丁は自宅から持ち出した」と容疑を認めているという。

 波田さんの突然の悲報に周囲からは驚きの声が上がった。波田さんは文化祭の演劇部の出し物で重要な役を熱演。卒業後は医療関係の専門学校への進学を目指していた。友人らは「興味があることに一生懸命な性格だった」と口を揃えた。

 波田さんはなぜ虎尾山に向かったのか。山頂に立つ日露戦争の戦没者記念碑に赤塚不二夫の人気ギャグ漫画のニャロメの絵が落書きされたことから「ニャロメの塔」と呼ばれ話題になったこともある。

 最近では伊勢出身の作家・橋本紡氏(48)のライトノベルが原作でアニメ化や映画化もされた「半分の月がのぼる空」の舞台地としてファンの聖地になっていた。同作は肝炎で入院した主人公・裕一と不治の病で余命わずかの17歳・里香の純愛物語で、2人が病院を抜け出して訪れた「砲台山」のモデルとなったのが虎尾山だった。

 波田さんは同29日に行う予定だった体育祭で披露するダンスの練習にも取り組んでおり、死にたくなるほど落ち込むような様子はなかったというが、18歳の誕生日を迎えた今年7月2日前後に同級生の男子とともに数日間、行方不明になったこともあった。

 結局、この時は無事自宅に戻ってきたが、知人のSNSでは「みうちゃんは18歳までに死にたい。と言う自殺願望があったみたいです」と明かし、情報提供を呼びかけていた。

「18歳までの死」を意識していたとみられる波田さん。昔から若い女性が「きれいな若いまま死にたい」などと自殺願望を口にすることはある。波田さんや男子生徒はアニメファンだったという。いじめなどによる厭世的な自殺願望というより、純愛小説の同世代の登場人物に心酔し自分を重ねていたフシもある。

 元警視庁刑事で犯罪ジャーナリストの北芝健氏は「アイドルの後追い自殺と同じように、登場人物と同化するために自分も命を絶つ願望が芽生えたのでしょう」と動機を推察する。

 この日は日本各地で今年最大の明るい満月が浮かぶ「スーパームーン」が見られた。ニャロメの塔は絶好の観賞スポットでもあった。満月が人間のバイオリズムに変調をもたらし、衝動の原因になることはあるのか。

 北芝氏は「警察の非公式な調査で満月の夜は暴力事件や交通事故が増えるというデータもある。満月によってホルモンバランスが崩れて衝動に結びついた可能性もある。いずれにせよ病苦による嘱託殺人と違い、(波田さんは)物理的に自殺が可能だったはずだが、依頼殺人をした点や“満月の日”“純愛小説の舞台地”などの舞台設定などから死を美化した究極のナルシシズムを感じざるを得ない」と指摘する。

 2人の間に何があったのか。同署は殺害の詳しい経緯や犯行時の状況、背景を調べている。