中川死刑囚が明かしたオウム高橋被告の凶暴ぶり

2015年02月21日 11時00分

 オウム真理教元信者高橋克也被告(56)の裁判員裁判が19日、東京地裁で開かれ、サリン製造の中心になった元幹部中川智正死刑囚(52)が出廷した。

 中川死刑囚は村井秀夫最高幹部(死亡)を通じ、教祖だった麻原彰晃死刑囚(59)のサリン製造指示に従った。用途は聞かされなかったという。「麻原氏を人間じゃない化け物のようなものと思っていて、殺されることより、もっともっと怖い人だったんです」と理由を語った。

 製造にとりかかり、2日後の1995年3月20日に事件に使用された。当日になって初めて真の目的を知ったという。

「昼前に、サリンがまかれたという話を聞きました」と話したが、検察側は「本当は目的を知ってたんですよね?」と追及。犯行メンバー10人と同じ数だけ、サリン予防薬を用意していたためだ。

 しかし「私は何も知らなかった」と否定。逮捕後の検察官調書には「地下鉄にサリンをまくと聞いていた」との供述があるが「逮捕されてすべて終わりと思った。投げやりで、自分の量刑はどうでもいいという考えもあって、聞かれたことを認めてしまった」と釈明した。

 高橋被告の逃亡中の様子についても中川死刑囚は証言した。

「高橋さんは『松本サリン事件は教団がやったとしか思えないんだけど』と言って、上目遣いで私の反応をうかがうような感じだった」。さらに、井上嘉浩死刑囚(45)から「新聞を読ませて」と言われた高橋被告が「俺が読んでんだよ!」とスゴんだという。井上死刑囚は年下だが、教団内では高橋被告の上司に当たる存在。逃亡の身となってから信者同士の関係性に変化があったのか。それとも、被告はもともと凶暴な男だったのだろうか。

 中川死刑囚はサリン事件の被害者に対して「人の人生や命を軽くみた私たちの宗教や犯罪行為をおわびしたいと思います」とため息交じりに謝罪した。