広瀬死刑囚が雑な扱い証言「サリンよく漏れていた」

2015年02月17日 17時00分

 オウム真理教元信者高橋克也被告(56)の裁判員裁判が16日、東京地裁で開かれ、地下鉄サリン事件でサリンをまいた元幹部の広瀬健一死刑囚(50)が出廷した。

 早大理工学部応用物理学科首席卒業のインテリ信者だった。教団「科学技術省」の次官を務め、自動小銃を作るなどの“功績”がある。

 現東京メトロの地下鉄丸ノ内線で2編成、日比谷線で2編成、千代田線で1編成の地下鉄車内でサリンを散布した。狙いは霞ケ関駅だった。同駅を狙ったのは「乗る客が多くて、降りる客が少ない方が逃げやすい」から。

 事件前夜、犯行メンバーらは山梨の教団施設でサリンの入った11の袋を調達する。袋は二重になっていた。「内袋にサリンが入っている。1袋500ccくらいだと思った」

 サリンの扱いは、かなり雑だった。アジトにしていた渋谷のマンションでサリンが配られたが、「豊田(亨死刑囚)さんが『みなさ~ん、サリンを取りに来てください』と叫ぶので、私は隣の部屋の人に聞こえるのではと心配になった」と語る。

 さらには「林泰男(死刑囚)さんが部屋の中で『サリンが漏れてる!』と叫んだ。サリンの袋を手でかかげて、内袋が破けてサリンが漏れてた」という。「袋は教団の清涼飲料水を入れているものと同じだった。よく漏れていた」と広瀬死刑囚。

 弁護側は被告がサリンの存在を知らなかったと主張しているが、この話が事実なら、知らないわけはない。

 広瀬死刑囚は丸ノ内線池袋駅で乗車、御茶ノ水駅でサリンをまいた。

「マントラを唱えて、サリンの袋を傘で2~3回突き刺した。加減がきかず、床につくまで突いて、振動が手に伝わった」

 なお、被告にまつわる話としては、ロシアでの射撃訓練で人の形の木板を自動小銃で撃ちながら、「はじめは人を撃ちにくいから、人の形をしたものを撃って慣れさせるんだ」と語っていたエピソードを明かした。