老人けいれん、倒れこむ乗客…地下鉄サリン事件生々しい記憶

2015年02月15日 08時00分

 オウム真理教元信者高橋克也被告(56)の裁判員裁判が13日、東京地裁で開かれ、地下鉄サリン事件の審理が始まった。


 運転手役を務めた被告は、散布役の元幹部豊田亨死刑囚(47)を地下鉄日比谷線中目黒駅まで送り届けて、隣の恵比寿駅でピックアップした。


 他の運転手役は無期懲役刑などに服している。先例に従えば、重罪は免れない。弁護側は「サリンをまくことは知らなかった」と主張。殺意と共謀を否定している。


 被害男性(43)が出廷して生々しい事件の記憶を証言した。事件は1995年3月20日午前8時ごろ、東京中心部を走る地下鉄5車両でほぼ同時に発生した。当時は入社2年目の青年で、通勤のために中目黒駅から電車に乗った。


 車内で座れて、すぐ眠ったが「(2駅隣の)広尾駅を過ぎたあたりで窓を開ける音と、シンナーのにおいで目が覚めた」という。向かいには「新聞紙にくるまったモノがあって、においの正体だと思った。透明の液体が床に漏れていた」


 サリンだが、すぐには気づかない。「隣の隣のご老人がけいれんを起こしていた。何が起きてるか理解できなかった」。男性を含む乗客らは駅や路上で倒れこんだ。泣いている女子学生や、嘔吐している人もいたという。けいれんしていた老人は死亡した。男性が死んでもおかしくなかった。


「それまで見たことのない悪夢を見るように。血が飛び出るような映像が頭に浮かぶ。その後も『オウム』『地下鉄』『サリン』という言葉だけがグルグル回った」


 そう語る男性は涙まじりに「なんでそんな目に遭ったのか、いまだに納得できない。いつもの電車のいつもの場所に座って…会社に行こうと思っただけなのに…」と声をしぼり出した。


 事件に関与した信者を「非常に許せない」としたが、検察官から「処罰(感情)は?」と聞かれた瞬間に、弁護側や裁判所からさえぎられた。参加制度を利用して検察席に座っていた遺族は「そこはきちんと聞きたい」と不満をもらした。