後藤健二さんと湯川遥菜さんが殺害された「イスラム国」による日本人人質事件では、日本政府側の“口封じ”も指摘されている。湯川さん拘束の判明から約5か月、後藤さんの拘束から3か月あまり。2人を救出できなかった舞台裏で、何があったのか。

 今回の事件は1月20日に日本人2人の殺害予告動画がネット上に公開され、2億ドル(約235億円)の身代金が要求されて始まった。日本政府が身代金要求に応じないまま、24日、湯川さんが殺害されたとみられる画像が確認された。

 犯人側は、後藤さんとヨルダンで収監中のイラク人の女サジダ・リシャウィ死刑囚との交換に要求を切り替えた。一時は交渉がまとまるとの観測もあったものの、ヨルダン政府は自軍のパイロット、ムアーズ・カサスベ中尉(26)の救出を優先したため要求に応じず。日本時間1日朝、イスラム国の卑劣極まりない殺害映像を日本政府が確認した。

 身代金、死刑囚の解放の要求はいずれも日本政府やヨルダン政府がのめるハズもない無謀要求だった。専門家の間では、殺害ありきの事件で、イスラム国の残虐性をアピールする“愉快犯”だったとの見方が大きい。

 本紙は1月22日付で報じたが、2人を救出するチャンスが指摘されていた。昨年8月に湯川さんがシリアで拘束されたことが発覚後、イスラム国は裁判にかけるためにイスラム学者・中田考氏やフリージャーナリストの常岡浩介氏に通訳や立会人を求めてきた。ところが両者は、北海道大学の学生がイスラム国への渡航を計画していた件で、警視庁公安部から関連先として家宅捜索を受けたため、裁判への出席は事実上不可能となった。

 10月に湯川さんの救出に向かった後藤さんが、同じくシリアで行方不明となった後、12月2日に拘束を伝えるメールが犯人側から妻に届き、約20億円の身代金要求があった。日本政府側は人質事案で身の安全を理由に公表していなかったが、後藤さんがシリアで消息を絶った話は同業者の間では公然の事実だった。

 12月といえば、日本では“大義なき”解散総選挙が行われていた真っ最中。後藤さんの拘束及び身代金要求の事実が明るみに出れば、総選挙どころではなくなる。「外務省は(後藤さんのシリアでの)ガイドに対し、命の危険を理由に(拘束の事実を)口外しないように求めた。ただ表ざたとなっていた場合、どう危険に陥るのか、合理的な説明はできない」(常岡氏)。フランスや英国では、このような時点での交渉で解放されたケースもある。しかし、後藤さんらに関する交渉は総選挙の陰に隠れ、全くのおざなりとなった。

 そして2人は拘束されたまま、没交渉となっていた先月、安倍晋三首相(60)がエジプトやイスラエルを訪問。イスラム国と対峙する諸国への人道支援を目的とした2億ドルの拠出を表明した。だが、会見の英訳は「ISIL(イスラム国)と戦う国に人的能力、インフラを構築するために支援する」と、2億ドルを軍事面での直接支援とするとも受け取れるように“誤訳”されたと国会で指摘された。

 安倍首相は誤訳を否定したが、英訳からカン違いしたイスラム国が、怒りのままに残忍な凶行に至った可能性も否定しきれない。失策や甘い見立て、意図しなかった“誤訳”と続いた末に迎えた今回の悲劇。結果、日本は米英同様にイスラム国の敵とみなされ、テロの脅威に巻き込まれてしまった。