無表情だったオウム高橋被告が法廷で唯一動揺見せた証言

2015年01月22日 11時00分

 オウム真理教元信者の高橋克也被告(56)の第3回の裁判員裁判が20日、東京地裁で開かれた。この日、証人出廷したのは「オウム真理教被害者の会」(現・同家族の会)会長で、1995年に猛毒VXで襲撃された永岡弘行さん(76)。息子の入信を機に信者家族らと交流し、これまで約100人を脱会させてきた。

 スパイ疑惑で殺害された会社員濱口忠仁さんと永岡さんにVXを用いた2事件について、弁護側は「被告は何ら説明は受けておらず、淡々と運転のワークに従事したにすぎない。また、“科学技術省”が製造したVXに殺傷能力があるとは考えていなかった」と主張。

 というのも同省が当時製造した「潜水艦」はドラム缶のハリボテで動力は人力。海に入れた途端に沈んだ。レーザー兵器、プラズマ兵器、UFOまで作ろうとしたが、どれもガラクタだったことを根拠にした。

 対する検察は「永岡さん襲撃の際は、VX入りの箱を車に積み込み、被告自ら傘で(犯行を)目隠しすることを提案し、実行した」と主張。また、誤って自分に付着した場合に備えて、VXを解毒できるパムを注射する練習をしていたことから殺傷能力を十分に認識していたとした。

 無表情でまばたきばかり繰り返す高橋被告が、動揺したように見えた瞬間があった。永岡氏が「息子が『尊師(麻原彰晃死刑囚)はダライ・ラマが認めた最終解脱者だ』と言うのでダラムサラまで行って関係者に会わせた。『(麻原を)知らない』と言われて、息子は目を覚ました。麻原を問い詰めると『それがどうした!』と(すごんだ)」と語ると、この時ばかりは上体を揺らしながら聞いていた。

 閉廷後、会見した永岡氏は「一度、高橋君と目が合ったけど反応は何もなかった。心の中ではマントラを唱えているんだろう」とコメント。高橋被告はいまだ麻原死刑囚の強い影響下にあるようだ。