地下鉄サリン事件の殺人罪などに問われたオウム真理教元幹部高橋克也被告(56)の裁判員裁判の初公判が16日、東京地裁(中里智美裁判長)で開かれた。ちょうど20年前に日本中を震撼させた同事件に関与し、17年にわたり逃走していた元信者の裁判への注目度は高い。初日から、オウム用語が飛び交う独特の異様な法廷となった。

 入廷した被告は七三分けの頭髪に黒のスーツ。17年間の逃亡生活のストレスからか、頭頂部はかなり薄くなっていた。目を伏せて歩く姿は神経質にも見えた。


 地下鉄サリン事件を含む4つの事件で裁かれる被告は、同事件で実行犯を中目黒駅に送り届ける役目を果たした。争点は殺意や共謀の有無だ。サリン事件が裁判員裁判で裁かれるのは初めて。しかもこれが最後のオウム裁判になる。


 裁判員は男性5人、女性1人。20代から60代とみられる。罪状認否で被告はか細い声で「まかれたものがサリンだと知りませんでした。殺害の共謀もありません」などと、起訴内容を否認した。


 午後からは冒頭陳述が始まった。検察側の語る事件概要を聞く被告は、せわしなくまばたきを繰り返す。だが、弁護側の陳述になると、その目はキラキラと輝きだした。


 白髪に口ひげをたくわえた映画監督の宮崎駿氏似の弁護士は「みなさん。人は死にます」という意外性のある言葉を皮切りに、裁判員に向けた“演説”を始めた。


「生き死にの問題に解答を与え、生きることに意味を与えるもの。人類が発明したのが宗教です!」。オウムの教義の詳しい解説がスクリーンを使って始まった。


 バブル経済に取り残され、物質的豊かさに疑問を持った若者が多かった70~80年代。ノストラダムスの大予言がはやった時代に「チベット仏教をベースにしたオウムが生まれた」というのだ。


 天界、人間界、地獄界などを輪廻転生する魂は、そのループから解き放たれることを「解脱」と呼ぶ。解脱の方法を詳しく解説した書籍を出版した教祖麻原彰晃死刑囚(59)を、宗教学者の中沢新一氏(64)や島田裕巳氏(61)らも「麻原を称賛した」と、該当者の顔写真をスクリーンに映す。


 心のよりどころを若者たちはオウムに見いだしたと言いたいようだ。


 平田信被告(49)、菊地直子被告(43)の裁判でもここまで詳細には説明されなかった“オウム語”が出てきた。「殺人」の意味でよく使われる「ポア」も、死者の魂が「三悪趣」に落ちることを防ぐものだと易しく説明。傍聴者からは「今日来てよかった。オウムのことが初めて理解できた」という声も聞かれた。


 神智学・霊性進化論の提唱者であるブラヴァツキー夫人の「修行を積んだ人間の霊魂は進化を遂げて、新しい人類として生まれ変わる」という言葉とともに、オウムがこの欧州発の思想に影響を受けたことまで解説は及んだ。


 こう主張する弁護士に、高橋被告はまるで教祖を見つめるかのような熱い視線を送った。


 裁判後に会見した遺族の高橋シズヱさん(67)も「検察の冒陳ではしおれたような感じで聞いてたのが、弁護士の教義の話のときには背筋を伸ばして目も輝いていた。教義がまだ離れてないのか」と信仰心に疑惑の目を向ける。


 今後は4月まで計40回の審理が予定され、元教団関係者や死刑囚なども証人として出廷する。逮捕時には教祖の写真などを所持していたとされる高橋被告。


 最後のオウム裁判で各事件の謎は解明されるのだろうか。