凶悪犯を野に放った司法の限界

2014年11月07日 06時30分

 大阪市北区兎我野(とがの)町の雑居ビルの一室で5日朝、ホテル経営者の吉留博美さん(38)が刃物で刺された事件で、府警曽根崎署は同市西成区の無職、中勝美容疑者(66)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕した。中容疑者は2008年に京都府舞鶴市で高校1年生の女子生徒(15=当時)を殺害したとして、09年4月に逮捕された。一審で無期懲役を言い渡されたが、大阪高裁は無罪とし、今年7月に最高裁が検察側の上告を棄却し無罪が確定していた。結果的に凶悪犯が野に放たれた形となったが、司法に打つ手はなかったのか? 専門家に聞いてみると――。

 曽根崎署によると、犯行現場は吉留さんが店長として勤務していた宿泊可能なレンタルルームの一室。中容疑者は5日午前8時40分ごろ、刃物で吉留さんの顔や胸など約10か所を刺し、殺害しようとした疑いが持たれている。吉留さんは病院に搬送されたが意識不明の重体。

 中容疑者は警察の調べに「女性が殴ってきたので、ナイフで複数回刺した。女性と以前、一緒に働いていて金銭トラブルがあった」と供述。中容疑者と吉留さんは、給料を巡るトラブルがあったとみられている。

 女子高生殺害事件での無罪確定前(検察側が上告)の、昨年5月には大阪市内のコンビニでエロ本を万引きし、実刑判決を受けており、今年9月末ごろ出所。その後は住居を西成区に移し、吉留さんが1年ほど前から店長として勤務していたレンタルルームで働いていた。

 利用したことのある男性は「9月末から10月初旬にかけて、ホテル内で何回か(中容疑者が)作業をしている姿を見かけた。シーツ替えなどベッドメーキングの仕事をしていたようだ。廊下ですれ違ったときに会釈をしたが、無視された。ここ1か月ほどは姿を見なくなっていた」と話す。

 現場の一帯は、数多くの風俗店やラブホテルがひしめく歓楽街。現場のビルにも風俗店がいくつも入居しており、吉留さんの宿泊所はデリヘルなどに活用されていたようだ。近くの風俗店関係者は「(中容疑者は)ビル内の他の風俗店の従業員とも金銭トラブルでモメたことがあったらしい。この辺りは『金を借りた、貸した』などのモメ事が多いのであまり気にしていなかった。働きに来る人間は訳アリの人たちばっかりで、本名を名乗らないのも当たり前。夜になるとキャッチの仕事で来る変なヤツが多い。誰が姿を消そうが周囲の人間は気にかけない」と話す。中容疑者も身元を隠すようにここで仕事に就いた可能性が高い。

 事件を受け、京都女子高生殺害事件を引き合いに「やっぱり舞鶴の事件も有罪だったのでは…」という声が上がった。だが、元神奈川県警の小川泰平氏は「(警察や司法など)どこが悪いというのはない」と指摘した。

 その一方では、中容疑者の凶悪な過去も判明している。

 20代で交際していた女性と兄を刺殺し、懲役刑を受け、出所後の40代には傷害・強姦未遂事件で服役していた。

 小川氏は「人を前科や前歴で決めたらいけないし、すでに罪を償っているので、とやかく言いたくないが、中容疑者は更生しているところが感じられない」とバッサリ。女子高生事件では限りなくクロに近かったが決定的な証拠はなく、無罪となったとされる。

「裁判所も法に基づいた処理をした。容疑は濃くなったが、証拠能力が認められなかった。疑わしきは罰せずが結果として猛獣を解放してしまった。(女子高生事件では)警察も自信を持って逮捕し、検察も根拠を持って起訴した。(無罪とした)高裁が悪いわけではないが残念」(小川氏)

 自宅アパートの関係者によると、中容疑者は10月初旬に入居。「生活保護を受けるのに住所が必要だから」と説明していた。3畳、風呂・トイレ共同で家賃は4万2000円。入居翌日に生活保護を申請し「今日、ハガキが来ていた。おそらく(生活保護の)決定書やと思う」(同)。

 金に困っていたようで「先月中ごろ『メシ代がないから貸してくれ』と言われた。まだ来たばっかりやし、友達もいないと思う。あんまりしゃべる方じゃなかったし、いつも1人でうろついてた。目つきとか怖かった。何かやりそうな感じ。どこかで聞いたことあるような名前やし、見たことあるなとは思っていたけど、このあたりは過去について話す人はおらんし、聞かん」(同)と素性は知らなかったという。