トンデモない“みそ漬け”だった――。1966年に静岡県清水市(現静岡市)でみそ製造会社専務の家族4人が殺害された事件で死刑が確定、約48年間獄中で無実を訴えてきた元プロボクサー袴田巌死刑囚(78)の第2次再審請求審で27日、静岡地裁は裁判のやり直しを決めた。袴田さんは即日釈放。みそタンクから見つかった重要証拠「5点の衣類」は捏造の疑いが指摘され、司法関係者もあきれるばかりだ。

 静岡県警の捜査に過去の冤罪事件以上の悪質さを感じたのは、刑事裁判官を37年間務めた木谷明弁護士だ。

「ずさんというものを超えている。捏造だから、作っちゃってるから。ちょっと大がかり。そういうこともあるということだけど、(検察も裁判所も)みんなダマされた。本当に恥ずかしい話」

 この日、都内で死刑廃止の集会を開いた人権団体「アムネスティ・インターナショナル日本」の若林秀樹事務局長は「主文や決定理由を見るかぎり、捏造、捏造、捏造のオンパレード。ほとんど無罪判決に等しい」と地裁決定を受け止めた。

 66年6月30日未明、みそ会社の専務宅から出火し、専務夫妻と子供2人が遺体で見つかった。日本フェザー級6位までいったボクシングをやめて住み込み従業員をしていた袴田さんが、アリバイのないことや事件後に発覚した左手負傷、“ボクサー崩れ”への偏見から捜査線に浮上し、8月に逮捕。無実を主張するも一審の死刑判決が維持され、80年に確定した。

 決定的な証拠とされたのが、みそ工場のタンクに入ったみその中から見つかった衣類5点(長袖シャツ、半袖シャツ、ズボン、ステテコ、ブリーフ)。いずれも血液が付着し、ズボンと同じ生地の布切れが袴田さんの実家にあったことが、有罪判決を導いた。

 ところが今回、血液のDNA型が袴田さんとも被害者とも一致しなかったとの鑑定結果が弁護団から提出され、地裁も捏造と疑わざるを得なくなった。

 このみそ漬け衣類が食わせモノだった。弁護団はこれまで、以下のように主張してきた。

 衣類が“発見”されたのは、事件から1年2か月後、一審が始まって9か月半が過ぎた67年8月末のこと。当初は袴田さんが白いパジャマを着て犯行に及んだとした検察側は、血痕などの付着が微量のため、有罪判決を勝ち取るのは困難とみられていた。そこで着衣をパジャマから5点の衣類に変更。おかげで、夜間に白色を目立たなくするために黒い雨ガッパを着て現場に向かったという自白との矛盾も生じたが、押し通した。

 みそタンクも含めて工場は事件直後に捜索されており、1年もすぎて発見されるのは不自然。ズボンと同じ布切れも、衣類の直後に実家の捜索で見つかった。タイミングのよさから、弁護団は何者かが意図的に持ち込んだのではと疑っていた。

 ズボンは袴田さんがはけないサイズだった。検察側は1年以上のみそ漬けで縮み、袴田さんが太ったと主張。弁護団は今回の再審請求に際して独自にみそを集めて“漬けもの実験”を行ったところ、約20分で警察の発見した衣類と同じような色具合に。縮みもなかった。

 そもそも、証拠として提出された衣類の写真は白黒だったり、カラーでも色あせていた。検察側は発見時に撮影した鮮明なカラー写真を持っていたが証拠開示せず、ようやく開示されると、血の色もブリーフの緑色も鮮やか。1年以上も漬かっていたものには見えなかった。

 この写真開示に、木谷氏は「血が赤いじゃないかということが分かり、誰が考えてもおかしいということになる」。

 捏造に証拠隠し。「証拠を全部開示できるような制度があれば、もうちょっと早く袴田さんを救済できたでしょう」と日本の司法の問題点を挙げた。