【相模原殺傷】死刑判決の植松被告をカルト教祖化させるな!

2020年03月17日 16時25分

 極刑に懸念の声も…。神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月に入所者19人を殺害し、26人に重軽傷を負わせたとして殺人罪などに問われ、横浜地裁(青沼潔裁判長)から16日に求刑通りの死刑を言い渡された元職員、植松聖被告(30)。この裁判員裁判でも一貫して「重度障害者は殺すべき」という偏った主張を崩さなかった。ネット上には同被告の主張に理解を示す異常な書き込みも見受けられ、死刑によってカルト教祖のような存在にまつりあげられる恐れもある。

 新型コロナウイルスは植松裁判にも影響を及ぼした。傍聴席は間隔を空けて着席となったので一般傍聴席は10席のみ。1603人が並び、倍率は約160倍となった。さらに、抽選に使うリストバンドは通常、裁判所職員に着けてもらうのだが、接触を控えるため各自で着けるシステムに変更された。

 傍聴券抽選は異例の形だったが、判決は大方の予想通りだった。青沼裁判長は「19人もの人命が奪われ、ほかの事件と比較できないほど結果は甚大」と非難。弁護側は心神喪失による無罪を訴えていたが、「被告の重度障害者への考えは勤務経験などからきており、了解可能だ。病的な思考障害とはいえない」と刑事責任能力を認定した。

 判決文の朗読を微動だにせず聞いていた植松被告だったが、閉廷が宣言されると「すみません、最後に一つだけいいですか」と発言を求めた。しかし、この申し出は認められることがなかった。

 これまでの公判で植松被告は「意思疎通のできない重度障害者は不幸を生む。社会からいなくなった方がいい」と動機を説明。安楽死合法化を訴え、大麻解禁論について時間を割いて説明し、「(大麻を使わないのは)もったいない」と法廷で勧めた。カードゲーム「イルミナティカード」の“都市伝説”を詳しく説明してもみせた。これらの主張をもう一度、述べたかった可能性はある。

 ノンフィクション作家で植松被告の事件を取材する渡辺一史氏は判決を受けて、「判決を肯定したい気持ちとできない気持ちが同じ重さである」と言う。「19人殺害ということを考えれば当然最高刑でしょう。そうでないと障害者を殺しても死刑にならないのだと誤解を与えてしまう。同時に『障害者はいらない』という被告に対して裁判所が『植松はいらない』と死刑を突き付けることに、それで終わっていいのかという思いがある」

 植松被告は控訴しない意思を表明しており、考えが変わらなければ死刑が確定する。大量殺人者は一部の人間からあがめられる傾向にある。たとえば2001年に大阪で起きた池田小事件の宅間守元死刑囚や、秋葉原通り魔事件(08年)の加藤智大死刑囚は今でもネットでよく言及される。植松被告については一部ではあるが「考えは共感するところもある」「正しいと思う」と賛同する書き込みがあるのも事実だ。死刑になることで植松被告が、まるでカルトの“教祖的な存在”になってしまわないか。

「彼はそれを狙っている。初公判で指をかんだ時も伝説に残ろうとしているなと思った。そこは気を付けないといけない」と渡辺氏。カルト化を防ぐためには社会が備えないといけない。

「彼の主張に、それは違うんだ!と社会全体で、はっきりと打ち消すことが大事です。安楽死について彼は間違って使っている。合法化されても本人の希望があるときだけ認められるので、意思疎通できない人は安楽死できない。それは虐殺と言うべき」

 植松被告があがめられることのない健全な社会をつくり上げていかないといけない。