オウム特別捜査班「ニアミス」悔恨

2012年06月19日 12時00分

 オウム真理教元信者の最後の特別手配犯、高橋克也容疑者の逮捕で一連のオウム事件は事実上、17年間の捜査に終止符が打たれた。神奈川県警の元刑事でオウム特別捜査本部にも在籍した小川泰平氏(50)は高橋、菊地直子両容疑者とニアミスしながらも検挙できなかった悔恨の念を本紙に吐露した。

「高橋容疑者は土地勘のある近場に潜み、一般的な逃走犯が取る行動パターンだった。まさか長年、自分の管轄下にいたとは夢にも思わなかった。検挙できなかったことは真摯に反省しなければいけない」と小川氏。

 95年に高橋容疑者らが特別手配され、神奈川県警にもオウム特別捜査本部が設置された。89年の坂本堤弁護士一家殺人事件を当初、県警は失踪事件と処理し、オウム事件の拡大を招いただけに「絶対にオウム犯を県下に潜伏させるな」との大号令がかかっていた。

「高橋容疑者は横浜出身で、恋していた菊地容疑者と一緒に土地勘のある県下に潜んでいる可能性があり、しらみ潰しで大ローラー作戦を展開した。不審者情報の通報があれば、汗びっしょりになって、すべて処理していた」。ただ、この時点で、高橋容疑者は各地を転々とし、県警の捜査網にかかることはなかった。

 高橋容疑者が川崎にアパートを借り、菊地容疑者と共同生活を始めたのは2001年で、厳戒態勢が解かれた後だった。このアパートは県警幸署とわずか400メートルの距離。小川氏は01年から6年間、幸署に配属されており、手配犯は目と鼻の先に潜んでいたワケだ。

「それこそ川崎駅でよく駅張りし、不審者に職質をかけていた。2人は駅を利用していたハズで、何度もすれ違っていたかも。当時は平田信の身長183センチの特徴が際立っていたために目が行きがちというのもあった」と悔しさをにじませた。