野田・虐待死の心愛さん生死の分岐点 母親はなぜ止められなかったのか

2019年05月17日 16時00分

千葉地裁に集まった報道陣

“鬼畜夫”になぜ逆らえなかったのか――。千葉県野田市立小4年生・栗原心愛(みあ)さん(10=当時)が1月に虐待の末に死亡した事件で、父勇一郎被告(41)の暴行を止めなかったとして傷害ほう助罪に問われた母なぎさ被告(32)の初公判が16日、千葉地裁で開かれた。検察側は懲役2年を求刑し、即日結審。夫の虐待を一度は止めたなぎさ被告だったが、逆ギレされてより壮絶な暴力を受けていたことが浮かび上がった。母として娘を救えなかったのか? どこで間違ったのか、そのターニングポイントを専門家に聞いた。

 起訴状によると、勇一郎被告(傷害致死罪などで起訴)は1月22日夜から24日深夜にかけ、自宅で心愛さんに食事を与えず長時間立たせ、睡眠を取らせず、浴室で冷水を浴びせるなどして飢餓とストレス状態に陥らせ、溺水死させた。なぎさ被告は夫の虐待を認識しながら放置し、心愛さんに食事を与えず、手助けしたとされる。

 なぎさ被告は茶色のセーター、黒のパンツ、髪はセミロング、黒いメガネ姿で入廷。裁判長から起訴内容を問われると、正面を向いたまま、数十秒沈黙。再び促され「間違いありません」と消え入りそうな声で認めた。

 検察側の冒頭陳述によると、夫婦は2008年に結婚。DVはかなり早い段階からあり、同年に心愛さんが生まれた後の11年に離婚したが、17年に再婚した。

 検察側の供述調書では再婚理由について、なぎさ被告は「優しいところがあったから」と説明。たとえ暴力を振るわれても、一瞬優しくされることで離れられない――。よく聞く話だが、どういう精神状態なのか?

 DV治療を専門とする病院の関係者は「DVは閉鎖的な家庭環境で起こる。勇一郎被告は暴力で家庭を支配し、精神をコントロールしていた」と異常な家族関係を指摘。DV男特有のアメとムチに、なぎさ被告がハマってしまったのが大きな間違いだったのだ。加えて、娘を死なせた夫婦のターニングポイントは「再婚したこと」だという。確かに何が何でも再婚を避けていれば悲劇は起きなかった。

 証人出廷したなぎさ被告の実母は娘と孫を守るため、離婚させたが、相談なく2人は再婚。勇一郎被告に「自分たちの家族に関わるな」と脅され、事件が起きるまで連絡を絶たれていた。

「再婚しないよう助言する人が必要だった。再婚後、制限をかけられた生活の中で、加害者(夫)から一瞬優しくされた経験により、被害者(妻)は相手に依存し、心酔するようになる。逃げようとすると暴力を振るわれ、逃げられないと思い込んでしまった」(同)

 法廷でのなぎさ被告はあまりに憔悴した表情で、傍聴人から「精神的に参って、言葉もはっきりしていない。いつか自殺してしまうのでは、と心配になった」との声も上がるほどだった。

 夫婦生活を再開させたからといって心愛さんを救うチャンスが全くないわけではなかった。児童相談所による心愛さんの一時保護解除後、再び夫が暴力を振るい始めた時のことだ。年末年始に「通報する」と決死の覚悟で夫に伝え、自らの身の危険を感じた時がいわば最後のチャンスだった。

 被告人質問でなぎさ被告は「亡くなる1か月前、旦那は心愛にスクワットをさせ、心愛がその場で倒れた。両手をつかんで引きずり回し、倒れこんだところに馬乗りになった。私が『虐待だよ。これ以上はやめて。通報する』と言うと逆ギレ。私は殴られ、床に倒され、旦那に馬乗りされて、私の口の中にひざ掛けを突っ込まれました」とぼそぼそと語った。

「児童相談所や母、兄弟に連絡していればよかった」とも振り返ったが、まさにその通りだった。心愛さんが児相や学校にも助けを求めていたが、改善されなかった悲劇もあった。

 弁護側は「虐待に慣れてしまい、虐待をしたくなかったが、勇一郎被告の支配下にあり抵抗できなかった」と執行猶予刑を求めた。

 一方、検察側は論告で「勇一郎被告に家庭を支配されていたことを考慮しても、母親としての責任を放棄し、虐待を見過ごし、放置したことは許されることではなく、刑事責任は重大である」と、懲役2年を求刑した。判決は6月26日に言い渡される。