解体を免れた旧中野刑務所正門 「蟹工船」小林多喜二も収監された歴史

2018年12月13日 17時00分

保存が決定した旧中野刑務所正門

 大正期の建築家・後藤慶二(1883~1919年)が設計し、1915年に建てられた旧中野刑務所正門(中野区新井)の解体、もしくは移設が検討されていたが、先日、保存されることが決定した。

 同建築物が残されている敷地は、平和の森小学校の移転用地として2019年度に取得が予定されており、23年に小学校が建てられることが計画され解体論が出ていた。

 だが、7日に開かれた中野区議会の厚生委員会で、健康福祉部文化財担当者が「保存して東京都の文化財の指定を目指したい」として、現地での保存が決まった。

 中野刑務所(旧豊多摩刑務所)には、1925年の治安維持法制定以後、45年に同法が廃止されるまで、多数の政治犯や思想犯が収監された。61年には刑務官が撲殺され、2人の受刑者が脱獄する事件が起きたが、受刑者2人は翌日逮捕された。収監された著名人には「蟹工船」を書いた小林多喜二がいる。

 同刑務所が閉鎖されたのは83年3月。現在、4万坪に及ぶ跡地は、平和の森公園および法務省矯正研修所東京支所として利用。赤レンガ造りの旧正門は敷地内に残されている。中野区は10月10日から同26日にかけ、メールなどによる意見の募集を実施した。その結果、最も多かったのは「内部見学も可(現地保存)」だった。

 近所に住む女性は「昔は門の絵を描きにくる人がいたり、写真を撮りに来たりする人がいて良いところだった。今では中にすら入れないようになってしまいました。門の前には柵もできてしまって残念。由緒ある建築物なので残してもらえてうれしいです」と話す。

 学識者からは「後藤慶二の特色が発揮された大正モダニズムの先駆的存在」「旧豊多摩監獄は建築史上、有名で専門書には必ず採用される。後藤慶二の現存する唯一の作品で歴史性も高く、実物の持つ力がある」などの意見も出ていた。