【ココロとカラダのニンゲン行動学(最終回)】イヌは、人が自分を怖がっているかどうかを匂いで感知するといわれる。

 欧米の言い伝えによれば、幸福を感じている人からは甘い香りが、恐怖を感じている人からは悪臭が漂うという。

 実際の研究としては、アリ、ミツバチ、魚(ミノウ)、ラット、マウスでも、匂いで恐怖と警告についてコミュニケーションしていることが分かっている。

 そこで本当に人間でそのようなことが分かるのか、と研究してみたのが、米国・ラトガース大学のJ・H・ジョーンズ氏らで、2000年のことだ。

 彼らはハッピーなムードを感じさせるためにコメディー映画を13分抜粋したもの、恐怖を感じさせるためにヘビ、ムシ、人食いワニの映像を13分に編集したものを被験者に見せた。

 それぞれの間、被験者(男10人、女12人)の脇の下にはガーゼがあてがわれており、匂いを含んだ汗が吸い取られることになる。

 このガーゼは1週間ほどマイナス80度で保存された後、瓶の底に入れ、男37人、女40人によって匂いの評価をされる。

 すると、男女ともに女がハッピーに感じているときの匂いを識別できたが、男がハッピーに感ずる件については女しか識別できなかった。

 恐怖を感じているときの匂いについては、男も女も、男が恐怖を感じているときの匂いを識別できたが、女が恐怖を感じているときの匂いについては識別できなかった。

 識別できるか否かは、ハッピーの匂いか恐怖の匂いかを、どれほど高い確率で選択しているかで判断している。

 ともあれ、こうしてみると、まずは人間の感情は体臭の変化によって分かるということ。次に、女のほうが男よりも匂いに敏感だということが分かる。

 そして一番のポイントは、恐怖については男が感じているときの匂いのみを、男も女も識別できるということ。つまり、捕食者などを見つけ、恐怖を感ずるのはもっぱら男で、その体臭は男女ともに感知することができるということだ。

 さらには、恐怖を感じている男の体臭は、女のほうがより鋭く感じ取ったという結果が出ている。ということは、捕食者を発見し恐怖を感じている男を見て、いち早く逃げるのは女のほうということになるだろう。

 ☆竹内久美子(たけうち・くみこ)京都大学理学部卒業後、同大学院で日高敏隆氏のもと、動物行動学を学びエッセイストに。「そんなバカな! 遺伝子と神について」(文春文庫、及び電子書籍)で講談社出版文化賞科学出版賞受賞。最新刊「フレディ・マーキュリーの恋 性と心のパラドックス」(文春新書)が発売中。