認知症を「学習療法」で改善

2012年08月01日 18時00分

 子供のころに慣れ親しんだ物語を声に出して読む、学校で習った漢字を思い出して書く、足し算、引き算などの簡単な計算問題を解く。そんな誰でもできる「学習療法」が脳機能を高め、高齢者に増え続ける認知症の症状を改善させることが分かってきた。昨年には米国にも進出。介護施設の高齢者に笑顔が戻るなど、介護の質の向上にもひと役買いそうだ。

「学習療法」は2001年、科学技術振興機構の助成で東北大学と日本公文教育研究会が共同で開発した。日本では現在1400の高齢者介護施設に導入され、1万7000人以上の高齢者が取り組んでいるという。

 利用者はスタッフと向かい合い「教材」の音読、漢字の書き取り、簡単な計算問題を解くだけ。これが認知症の脳にいいらしい。東北大加齢医学研究所の川島隆太教授はこう話す。

「今日が何月何日で、自分が誰だか、どこにいるのか分からないなどの認知症の症状は脳の前頭前野(ぜんとうぜんや)という部分の機能低下によるものです。ここは判断力、記憶、コミュニケーションをつかさどる部分で、誰でも年齢とともに衰えていきます」

 前頭前野の働きは20歳がピークというが、トレーニングによって能力がアップすることは知られていた。

「そもそもモノを覚えることは楽しくないので、認知症の患者には難し過ぎてダメ。だけど脳は使っていないと衰えるだけです。こうした矛盾を解決する唯一の方法が読み、書き、計算だったというわけです」(川島教授)

 国内の成果をもとに川島教授は昨年、海外にも進出。米国・オハイオ州クリーブランドにある高齢者介護施設で、昨年5月から半年間、実証実験を行った。中身は米国人が親しんだ楽しいものにし、学習療法を受けた人と受けなかった39人のデータを比較検討した。

 反響は上々で、被験者の中には早い人では開始から1か月でそれまで書けなかった自分の名前が書けるようになり、オムツを外せなかった人が「トイレに行きたい」と訴えるなど、次々に変化が表れた。その他、笑顔を浮かべたり、髪形や服装を気にする、身ぎれいになるなどの社交性が戻った人もいた。機能検査では普通なら2年間で3分の1に下がる能力が逆に上がったことが確認できたという。

「記憶の訓練をすればそれ以外の能力も上がるので、例えば会話中に笑うようになったとか、他人に会うことを意識するというコミュニケーション能力も上がったと考えられます。認知症の改善効果は明らかで、科学的にもある程度証明できたと思う」(川島教授)

 日本公文教育研究会・くもん学習療法センターの大竹洋司代表は「介護スタッフの人材育成にも役立ちます。施設では食事や入浴の介護に追われ、利用者とゆっくり話す時間がない。学習療法を取り入れることで利用者のことをよく見ていると家族から評価されることも多いのです」といい、海外での事業拡大を進める考えだ。介護費用では年10万円ほど節約できるというから増え続ける社会保障費抑制の一助となるかもしれない。

【25年には認知症高齢者320万人】加齢などにより脳の神経細胞が死滅したり、機能が低下することで日常生活に支障が出る認知症には、アルツハイマー病を始め、脳の血管が詰まって起きる脳血管性認知症、レビー小体型などがある。代表的なアルツハイマー病では記憶障害のほか、日時や場所が分からなくなる見当識障害、妄想や徘徊などの症状が起こる。

 一方、国内では戦後のベビーブーム世代の多くが75歳以上になる2025年の認知症高齢者数は320万人と見込まれるため、その対策が急務とされている。