【生き様に活かす死者の声】医師が命の選択を行う「トリアージ」

2020年09月15日 10時00分

【法医学者佐藤喜宣の生き様に活かす死者の声】大規模な事故や災害時には、多数の傷病者の治療などにやむを得ず優先順位をつけることもある。法医学者で杏林大学医学部名誉教授の佐藤喜宣氏(71)がその行為の難しさと重要性を解説してくれた。

 2020年1月以降、新型コロナウイルスが世界中で広がり、長期化しています。

 重症患者に使用される「体外式膜型人工肺 ECMO(エクモ)」は数に限りがあり、その操作は24時間態勢となるので看護師6人、臨床工学技師2人、医師2人という最低10人のスタッフが必要となります。

 もしも重症患者が増え続けるようなことになれば、日本でも欧州のように医師が命の選択を行う「トリアージ」を迫られることも現実味を帯びつつあります。

 トリアージとは、傷病者を重症度、緊急度などによって分類し、治療や搬送の優先順位を決めることです。

 その歴史は1789年のフランス革命のころにまでさかのぼり、戦争で負傷した兵士の治療を身分や階級等で優先するのではなく、純粋な医学的観点で治療する順番を判断していったフランス軍衛生兵の考え方に由来しています。

 トリアージの判定は医師が行い、その結果は4色のマーカー付きカードで表示され、一
般的に傷病者の右手首に取り付けていきます。

 先端にある色で患者の状態を表すこのカードは「トリアージ・タッグ」と呼ばれ、治療対象を4種類に分類しています。

 赤は最優先治療群、黄は待機的治療群、緑は保留群。治療できない傷病者は黒となり、無呼吸群と判定されます。

 05年、朝の通勤ラッシュ時に起きたJR福知山線脱線事故現場や東日本大震災などでは、トリアージが行われました。

 トリアージの判定には精神的なストレスが伴うので、医師が心に傷を負ってしまうこともあります。でもご家族側からしてみれば「あの人は助けたのに、こっちはなぜ助けてくれないんだ」「人の命に優先順位をつけていいのか」などと思われても当然です。

 しかし混乱した現場においては、お互いの考えを許容することは難しく、トリアージを巡っては、ご遺族が損害賠償を求めて民事裁判を起こされた事例もあります。

 米国では災害派遣医療チーム「DMAT(ディーマット)」だけではなく、DMATの特殊チームとして医師、看護師、検視官、法医学者、歯科医らからなる災害死亡者家族支援チーム「DMORT(ディモート)」も組織されていて、ご遺体の検案、保全修復、そしてご遺族に対する心のケアも行っています。

 大災害、大事故、パンデミックなどは、明日起きてしまうかもしれません。 

 たとえどんなに急を要する現場であっても、米国のようにその場でご遺族の心に寄り添い、トリアージの意義を懇切丁寧に説明できる人がいれば、ご遺族の気持ちも受け止め方もまったく異なるものになると思います。

 ◆佐藤喜宣(さとう・よしのぶ)1949年、東京都生まれ。杏林大学医学部名誉教授。日本歯科大学、広島大学医学部客員教授。東京都と千葉県の児童相談所セカンドオピニオンも務めている。ドラマ「監察医 朝顔」の原作漫画の監修者でもある。