【生き様に活かす死者の声】訪日外国人「不測の事態」へ最期のおもてなし 炎天下の東京五輪に備える

2020年09月01日 10時00分

先日のセイコーGGPでも、五輪の舞台となるはずだった国立競技場には真夏の太陽が降り注いでいた

【法医学者佐藤喜宣の生き様に活かす死者の声】延期になってしまった東京五輪だが、法医学者で杏林大学医学部名誉教授の佐藤喜宣氏(71)は、こんな“準備”にかかわっていたそうです。「最期のおもてなし」とは――。

 本来であれば、この夏開催されるはずだった「東京オリンピック・パラリンピック2020」には、206の国・地域が参加し、訪日外国人は4000万人を超え、その経済効果は30兆円規模とも予測されていました。

 真夏の炎天下という過酷な環境のため、選手だけでなく観客も熱中症で倒れる等、訪日外国人が不幸にも日本で亡くなられてしまうことも想定しておく必要がありました。

 私は1991年に厚生労働省から要請を受け、ご遺体の衛生保全を目的としたエンバーミング研究班を立ち上げましたが、いまだ認知度は低いままで、法律も整備できていないのが現状でした。

 東京五輪開催にあたっても、16年に厚生労働省から再度要請を受け、再びエンバーミング研究班を立ち上げて準備に取りかかっていました。

 信仰上の理由で土葬が当たり前とされているイスラム教では、火葬は故人の侮辱とされている等、宗教や国によってご遺体への対応は異なります。

 エンバーミング処置を行い、衛生的にも長期保存を可能にした上で、お顔のわかる状態にして本国にお戻しすることは世界の共通認識であり、そうしなければ検疫上でも帰国することはできません。こうした万が一にも備えておくことは、国としての責務でもあるのです。

 そこで厚生労働省の研修事業として、日本遺体衛生保全協会(IFSA)が主体となって、エンバーマーたちの研修会の場を持ちました。

 五輪参加国を区分けし、全国に約60か所あるどの地域のエンバーミング施設が対応するのかを決め、搬送に関しても飛行機や船の手配も考慮する等、具体的にシミュレーションしていきました。さらに東京でSARS(サーズ)やMERS(マーズ)といった感染症等によるパンデミックが起きることも想定し、ご遺体を一時的に保管できる冷蔵コンテナの配備計画も予定していました。

 そしてそれぞれの施設内において感染症対策にも適応しながらエンバーミングできるよう「ゾーニング(区域管理)」の構想も作成しました。新型コロナウイルスの集団感染が発生したダイヤモンド・プリンセスの船内でもゾーニングは行われましたが、エンバーミングを行う時も、あらゆる感染症を想定して拡大させないため、病原体に汚染されている区域と汚染されていない区域を分け、その動線もきちんと整えておかなければならないのです。

 このように訪日外国人の不測の事態に対しても、出身国の慣習や風習に配慮するきめ細やかな対応を準備しておくことが、真のおもてなしであり、世界における日本の評価にもつながります。

 東京五輪は1年延期されましたが、不測の事態に対する準備があってこそ、オリンピック開催国だと胸を張れるのだと思っています。 

 ◆佐藤喜宣(さとう・よしのぶ)1949年、東京都生まれ。杏林大学医学部名誉教授。日本歯科大学、広島大学医学部客員教授。東京都と千葉県の児童相談所セカンドオピニオンも務めている。ドラマ「監察医 朝顔」の原作漫画の監修者でもある。