【生き様に活かす死者の声】〝野点解剖〟のポイントは血液の冷凍保存

2020年07月21日 10時00分

トリカブトの花

【法医学者・佐藤喜宣の生き様に活かす死者の声】法医学者の執念が事件解決へ導いた――。監察医で杏林大学医学部名誉教授の佐藤喜宣氏(70)が、貴重な経験とともに語ります。


 お茶をたてる道具さえあれば、どこででもお茶を楽しむことができる「野点(のだて)」。野外の茶会とも言いますが、法医学の世界でも屋外で解剖を行う、いわば“野点の解剖”をせざるを得ない時があります。それは解剖室がない離島などです。

 琉球大学に赴任していた3年間、野外に即席の解剖室を設置した野点の解剖を数多く手がけました。

 病院はあってもひとつだけ。解剖室もない離島は珍しくなく、今日は宮古島、明日は石垣島、さらに南大東島で事件が起きたとなれば、検視官とともにそのままチャーター便のセスナで向かったこともありました。

 飛行機に乗る時は布製の道具入れに解剖道具をひとくくりにまとめて、ホルマリンを入れた瓶と500ミリリットルの血液が入る瓶を持参しました。

 通常の解剖で採取する血液は200ミリリットルですが、野点の解剖では再解剖ができないので、普段採取する血液より多くの血液を採取し、サンプル試料として保存していたのです。

 すぐに死因がわかれば問題ないのですが、後にもしかしたらとなった場合、火葬してしまった後では、検査分析するための試料がなければ、いざという時に対応できません。血液は遠心分離機にかけて血清に分けて冷凍保存しておけば、後から薬物検査等もできるのです。

 警察署内の駐車場などを使用できるのはまだいいほうで、小さい島では水はけのいいところにテントを張り、水がない場合は消防車にスタンバイしてもらい、検視官にサポートしてもらいながら解剖を行っていました。

 東京都監察医務院へ赴任することになった1985年、野点解剖のノウハウを後任にまるごと引き継ぎました。翌86年、石垣島のホテルで女性(33=当時)が突然けいれんを起こし、搬送先の病院で急死。この女性の解剖を担当したのが、琉球大学医学部助教授の後任で、後に日本医科大学名誉教授となった大野曜吉氏でした。

 大野氏は当初、死因を急性心筋梗塞としたものの“ある疑念”を持っていたため、通常より多く保存していた血液を使って薬毒物検査を始めました。毒物による中毒死は、解剖によって判断できるのは、ごく一部の薬毒物だけだったからです。

 薬毒物の化学的検査は髪の毛や尿から検出しますが、血液からも検出できます。毒物検査はすべての毒物を一気にできるわけではなく、各毒物をひとつずつしか検査できないので、それ相応の検査試料が必要となります。

 大野氏は疑問を持つと最後まで徹底的に調べ上げる研究者だったので、組織学的にも体内に特徴が残らない毒物とはなんだろうと引っかかり、様々な可能性を潰していった結果、血液から毒草であるトリカブトに含まれるアコニチンを検出したのです。

 大野氏の執念が、巧妙に仕組まれたトリカブト保険金殺人事件を解決に導いたのでした。 

(構成=福山純生)


☆佐藤喜宣(さとう・よしのぶ)1949年、東京都生まれ。杏林大学医学部名誉教授。日本歯科大学、広島大学医学部客員教授。東京都と千葉県の児童相談所セカンドオピニオンも務めている。ドラマ「監察医 朝顔」の原作漫画の監修者でもある。