【生き様に活かす死者の声】「死亡推定時刻」トリックでズラすには?

2020年07月07日 10時00分

「臨場 劇場版」では内野聖陽(右)の好演が光った

【法医学者・佐藤喜宣の生き様に活かす死者の声】死亡推定時刻にまつわるトリックはドラマや映画に使われることがある。1万体以上の検案、5000体以上の法医解剖を担当してきた杏林大学医学部名誉教授の佐藤喜宣氏(70)にも忘れられない映画があるとか。

 漫画「監察医 朝顔」の監修をはじめ、ドラマでは「臨場」「イノセント」「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」「ボーダー 犯罪心理捜査ファイル」など、撮影現場にも入り、直接指導したこともありました。1シリーズ全10回としても、100本以上のドラマや映画の法医学監修も行ってきました。

 これまで監修してきた中でも最も印象として残っているのは、作家・横山秀夫さんの作品で、俳優・内野聖陽さんが主演された映画「臨場 劇場版」(2012年公開)です。

 映画の脚本家から、事件の重要な鍵を握ることになる「死亡推定時刻」に関する相談を受けました(編集注・この後はネタバレを含みます)。

 前回と前々回に触れた通り、死亡推定時刻は①死斑②死後硬直③直腸内温度の3項目の経過状態から割り出していきますが、さらにもうひとつ補足されるのは④胃内容物の消化過程となります。

 成人男性の直腸内温度の平均は37・2度で、死後1時間ごとに0・83度下がるとされています(平均気温20度の場合)。この数値からも死亡推定時刻を出せるわけですが「臨場 劇場版」では、直腸内温度の誤差がトリックとして使われました。ちなみに殺人を犯したのは、主人公の師匠でもあった法医学教授という設定でした。

 そんなわけで「法医学の教授が殺人事件のトリックを考えるとすれば、先生だったらどうします?」と聞かれたのですが、私だったら直腸内温度を操作すると答え、死後経過時間をずらすトリックとして、肛門の中に氷を入れることを提案しました。実際、氷を入れると直腸内温度は下がるのですが、映画ではそのままトリックとして使われたのです。

 日本では通常の温度計を使って直腸内温度を測っていますが、アメリカやカナダの場合は、直腸内温度ではなく、腹腔の中にある肝臓に直接針を刺して肝臓の温度を測っています。日本の場合は、死体損壊罪となってしまうので、腹腔の中の温度を測るために直腸内温度を測っています。したがって直接的ではなく、間接的に温度を測った状態から死後経過を見ているわけです。

「臨場 劇場版」では内野さん演じる主人公の検視官が、死亡推定時刻を見極める3項目のうち、直腸内温度だけがおかしいじゃないかと指摘し、事件をひもといていきました。

 試写会を見に行った時、内野さんの迫真の演技には目を見張るものがあり、よくできた素晴らしい映画だったと感じました。ただその一方で、このトリックをまねされたらという老婆心を抱いたのも事実でした。

 (構成=福山純生)

☆佐藤喜宣(さとう・よしのぶ)1949年、東京都生まれ。杏林大学医学部名誉教授。日本歯科大学、広島大学医学部客員教授。東京都と千葉県の児童相談所セカンドオピニオンも務めている。ドラマ「監察医 朝顔」の原作漫画の監修者でもある。