【生き様に活かす死者の声】故人の尊厳を守るエンバーミング

2020年06月09日 10時00分

【法医学者・佐藤喜宣の生き様に活かす死者の声】近年、注目度が高まっている「エンバーミング」。遺体を保全し、お別れをお手伝いするその仕事の役割とは…。杏林大学医学部名誉教授の佐藤喜宣氏(70)が、貴重な経験を明かします。

 死に化粧とエンバーミングとは、どのように違うのでしょうか?

 死に化粧はご遺体をきれいにすることが目的の「整える」で、エンバーミングは「整える」に加え「保つ」と「守る」という役割も果たしています。

 実際、最期のお別れとなる時の顔は、年齢問わず非常に重要です。なぜならその印象が、記憶として最も残りやすいからです。

 2007年9月、ミャンマーの民主化運動指導者で現・国家顧問のアウン・サン・スー・チーさんが軍事政権に軟禁されていたころ、現地で取材されていたジャーナリストの長井健司さん(50=当時)がミャンマーで射殺された事件が起きました。

 ミャンマーで解剖されたご遺体は、エンバーミングを受けて帰国されました。帰国後すぐに警察庁から再解剖の依頼があり、ご遺体は当時私が在籍していた杏林大学医学部法医学教室に運ばれてきました。

 私がご遺体と対面した時は、ホルマリンを注射で打った程度で、顔も体も茶緑色っぽく、とてもエンバーミングを施したとは言えない状態でした。私は再解剖後、もしよろしければ故人の尊厳を守るエンバーミングをして、生前のお姿に近づけたほうがお別れしやすくなると思いますとお伝えしました。

 まずは再解剖を行い、現地では流れ弾か跳弾(ちょうだん)に当たったと言われていたのですが、ご遺体の銃創から、ロシア製のライフルで5メートル以内で近射した直撃弾だったことが判明しました。その後、エンバーマーがお顔の汚れを丹念に薬品で洗い流し、お元気だったころの長井さんのお写真を元に、顔色も男性なので化粧はせずにナチュラルな質感を変えないまま奇麗に修復してくれました。その上で、ご両親にどうぞお顔をご覧になってくださいとお声がけしました。

 そうしたらお父様が「これが息子だ」とご遺体に抱きつかれたのです。お母様は「ビールを飲んで寝た時の息子の顔です」と言われました。長井さんはいつも海外取材から帰ってくると、お父様とビールを飲みながら話をして、横になっていたそうなんです。その時に寝息を立てて眠っている息子の顔ですと涙を流されていました。

 私たちの仕事は死因を究明するとともに、亡くなられてしまった方が伝えたかった声を、生きている人たちの生き様に活かすものとしてきちんと伝えることも大切にしています。この日は法医学教室のメンバー全員で長井さんをしのび、献杯しました。

 (構成=福山純生)

☆佐藤喜宣(さとう・よしのぶ)1949年、東京都生まれ。杏林大学医学部名誉教授。日本歯科大学、広島大学医学部客員教授。東京都と千葉県の児童相談所セカンドオピニオンも務めている。ドラマ「監察医 朝顔」の原作漫画の監修者でもある。