【生き様に活かす死者の声】エンバーミング「保つ」の起源は古代エジプト文明のミイラ

2020年06月02日 10時00分

【法医学者・佐藤喜宣の生き様に活かす死者の声】大災害が起こったときなどは、遺族の元に返すまで遺体を保全する必要がある。近年注目を集めているその「エンバーミング」について、法医解剖を担当してきた杏林大学医学部名誉教授の佐藤喜宣氏(70)が語ります。

 エンバーミングとはご遺体の長期保存を可能にし、必要に応じて生前のお姿に近づける修復を施すことで、ご遺族や関係者の方々のお別れの記憶を自然なものとするグリーフケア(悲嘆のケア)を目的とする技術のことです。 

 このエンバーミングには「整える」「保つ」「守る」という3つの役割があり、「保つ」という観点からひもといていくと、壮大な歴史的背景が見えてきます。

「保つ」の起源は、紀元前の古代エジプト文明で作られたミイラです。亡くなられた王家の人たちが、もう一度、宇宙から戻ってくる時に受ける体が必要だという発想が原点にあります。当時のエジプトには、その土地で亡くなられた人を身分の上下にかかわらず、エンバーミング(遺体保存)を施すという法律がありました。脳や臓器は腐敗するので取り出して甕(かめ)に入れ、体に香料や油を塗り、乾燥させて人工的にミイラ化していました。

 ミイラ化は主に宗教と衛生上の理由からとされていますが、死者の魂はまた肉体に戻ってくると考えられていたからです。

 時を経て17世紀に入ってからは、医学の基本である解剖学を進展させるために、イタリア、ドイツ、フランスで高級アルコールを使って遺体を保存するエンバーミングが始まりました。

 そしてエンバーミングは民間でも行っていこうと考えられるようになり、一気に普及したのは米国で、南北戦争(1861~65年)がきっかけでした。

 人は死に顔を見て初めて死を確認しますが、戦地で埋葬されてしまっては、ご遺族は顔を見て別れを告げることはできません。

 戦争をする政府を批判させない意図もあり、米国はご遺体を故郷の家族の元に返していたのです。そのため政府は、エンバーミングを施術する資格を持ったエンバーマーを現地に送り、ご遺体を腐敗しない状態で故郷に返して、家族が確認してから埋葬することを繰り返しました。

 南北戦争以降、第2次世界大戦でもそれは続き、顕著にエンバーミングが必要となったのは、朝鮮戦争(1950~53年)でした。

 朝鮮で亡くなった米軍兵士を飛行機や船で横田基地や嘉手納基地に運び、そこには米国から来たエンバーマーが常勤で待機し、ご遺体を奇麗な状態に復元し、ホルマリンで固定して感染源のない腐敗しない状態にしてから米国本土に帰国させていたのです。この「保つ」技術が現代のエンバーミングに引き継がれているのです。

 2018年の日本国内におけるエンバーミングの処置件数は約5万件。全死亡の4%に達し、毎年5000~6000件のペースで増加しています。

 (構成・福山純生)

☆佐藤喜宣(さとう・よしのぶ)1949年、東京都生まれ。杏林大学医学部名誉教授。日本歯科大学、広島大学医学部客員教授。東京都と千葉県の児童相談所セカンドオピニオンも務めている。ドラマ「監察医 朝顔」の原作漫画の監修者でもある。