【生き様に活かす死者の声】不慮の事故でも遺体を修復できる 注目の「エンバーミング」

2020年05月26日 10時00分

【法医学者・佐藤喜宣の生き様に活かす死者の声】いつ何が起こるか分からない時代に注目されているのが遺体の保全である「エンバーミング」だ。1万体以上の検案、5000体以上の法医解剖を担当してきた杏林大学医学部名誉教授の佐藤喜宣氏(70)が解説します。

 病死、不慮の事故等によって大切な人を失った時、故人とのお別れまでの時間を十分に取りたい、お元気だったころの故人の姿とお別れしたいと望まれる方は多くいらっしゃいます。

 その望みをかなえる医学的、科学的な専門技術が「エンバーミング」で、エンバーミングを施術する人は「エンバーマー」と呼ばれています。

 エンバーミングとは、日本語で言えば遺体衛生保全。ご遺体の長期保存を可能にし、必要に応じて生前のお姿に近づける修復を施すことで、ご遺族や関係者の方々のお別れの記憶を自然なものとするグリーフケア(悲嘆のケア)を目的とする技術のことです。

 私がエンバーミングを専門的に研究し始めたのは1991年でした。厚生省(現厚生労働省)にエンバーミング研究班が設立され、その研究班の班長に指名されたのです。

 日本ではご遺体を保存する方法として、ドライアイスしかなかった時代。当時のアメリカでは、全死亡の95%はご遺体を保存するエンバーミングがされていたので、日本に来られたアメリカ人がお亡くなりになり、本国に帰る時には、エンバーミングをしないと検疫上の問題で帰国できない現状もありました。そういったケースが起きた時には、各大学医学部の解剖学教室か病理学教室でご遺体にホルマリンを入れて固定した状態でお返ししていたのですが、日本国内で初めてエンバーミングを行ったのは88年、埼玉県で葬祭業を営んでいたアルファクラブ武蔵野株式会社でした。

 私が班長に指名された理由は、琉球大学にいた時に嘉手納基地のエンバーミングを知っていたことと、留学先がイタリアだったことに起因していました。

 イタリア・ローマのバチカンでは、逝去された教皇は代々エンバーミングされていたのですが、留学した時の同僚に、親子3代で5代の教皇をエンバーミングした法医学者がいたのです。そういった経緯を持っていたことと、法医学者として様々な角度から情報を得られる立場にあったため指名を受けました。

 エンバーミングには「整える」「保つ」「守る」という3つの役割があります。交通事故などで傷ついてしまったご遺体を修復する「整える」。遠方に暮らすご家族がゆとりを持って葬儀に出席されたり、故人とのお別れまでの時間を十分に取るための「保つ」。感染症が原因でお亡くなりになられても、お別れされる方がご遺体に触れても感染の心配がなくなる「守る」の3つです。

 エンバーミングによって生前の元気なお姿にできる限りお戻しすることによって、生きている人の悲嘆の軽減につながる“最期のプロフェッショナル”がエンバーマーなのです。

(構成=福山純生)

☆佐藤喜宣(さとう・よしのぶ)1949年、東京都生まれ。杏林大学医学部名誉教授。日本歯科大学、広島大学医学部客員教授。東京都と千葉県の児童相談所セカンドオピニオンも務めている。ドラマ「監察医 朝顔」の原作漫画の監修者でもある。