ミャンマー政府の弾圧に憤り 伝えたいロヒンギャ族の本当の歴史

2018年02月23日 07時00分

アウンティンさん

【アツいアジアから旬ネタ直送「亜細亜スポーツ」】ミャンマーに住むイスラム教徒少数民族・ロヒンギャ族を、ミャンマー政府は自国民と認めず弾圧。軍や警察による虐殺や村への放火、レイプなどが行われ「民族浄化」と叫ばれている。昨年8月以降、65万人以上のロヒンギャ難民が隣国バングラデシュに逃れた。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は20日、国境の無人地帯に約1300世帯の約5300人がとどまっていると明かした。居住地の村落からあまり遠く離れたくないと国境越えをためらっているうちに行き場を失ったとみられ、女性や子供もいる。赤十字やUNHCRは支援物資の配布を始めたという。

 なぜミャンマーは、国際社会から激しい非難を浴びながらもロヒンギャ弾圧をやめないのか。この問題を取材している記者はこう指摘する。

「ミャンマーで長く続いた軍事政権が、ロヒンギャを『バングラデシュから来た不法移民』と教育してきた歴史がある。停滞する経済や、抑圧的な政府に対する不満をそらすためだったともいわれ、ロヒンギャ族は土地や仕事を奪う存在だとされてきた。だから、民政になりアウン・サン・スー・チーが政権を握った今も、一般国民にはロヒンギャに対する根強い不信感がある。スー・チーもここをつっつくと国民の支持を失うから、国際社会から何を言われても無視し続けている」

 こんな現状に憤るのは、群馬・館林市に住む「在日ビルマロヒンギャ協会」のアウンティンさん(50)だ。「バングラデシュとミャンマーの政府間で今、ロヒンギャ難民の帰還問題が話し合われている。ロヒンギャが不法移民なら、なぜ帰還させようとするのか」

 軍事政権以前、ロヒンギャ族はミャンマー国内の少数民族の一つとして認められていた。その紛れもない証拠をアウンティンさんは持っている。

 まずは40~50年前に使われていたミャンマーの地図。国の中央西端、バングラデシュ国境近くにはビルマ語で「ロヒンギャ」と確かに書かれている。さらに1946年、スー・チー氏の父親で「建国の父」と呼ばれるアウン・サン将軍が、ロヒンギャ族の高官らと一緒に撮った写真だ。

「本当の歴史は誰にも覆せない」と訴えるアウンティンさんはこうした写真をカレンダーにして配布している。館林には、軍政権から逃れてきたロヒンギャ族およそ200人が生活し、週に一度は会合を持つなどして日本の文化や社会に溶け込む努力を続けている。

 今年1月、バングラデシュにあるロヒンギャ族のクトゥパロン難民キャンプに私費を投じ、学校を建てたアウンティンさんは「子供たちに一番必要なのは教育。先生も難民で、全てボランティアで運営している。日本にも協力してほしい」と訴えている。

☆室橋裕和(むろはし・ひろかず)=1974年生まれ。週刊文春記者を経てタイ・バンコクに10年居住。現地日本語情報誌でデスクを務め、4年前に東京へ拠点を移したアジア専門ライター。最新著書は「海外暮らし最強ナビ・アジア編」(辰巳出版)。