インラック前首相“国外逃亡”でタイ政争の行方

2017年09月01日 07時00分

美熟女でも知られたインラック前首相だが…(ロイター)

【アツいアジアから旬ネタ直送「亜細亜スポーツ」】タイのインラック・シナワトラ前首相(50)がさる8月25日、国外逃亡した。この日は、インラック政権時代のコメ買い取り制度が汚職に当たるとする裁判の判決が出る予定で、有罪となればインラック氏は収監されるところだったが、タイから脱出したことでそれを回避した格好だ。

「インラック氏は兄・タクシン元首相の跡を継ぐ形で政界入りし、タイ史上初の女性首相となった。だが、タクシン氏もやはり汚職を問われ、国外逃亡。兄妹で母国を追われることになったが、国内では裁判に影響力があるとされる軍部への批判が高まっている」とは、首都バンコク在住記者。

 現在のタイは2014年にクーデターを起こした軍部がそのまま政権に居座っている。民主的な選挙をすると公言してはいるが、今に至るも実施されていない。選挙をすれば、庶民層に圧倒的人気のタクシン派が勝ってしまうからだ。あの手この手でタクシン派の勢力をそぎ、反タクシン派が勝つ見込みが出てきてから選挙をやるといわれ「一体、民主主義とは何なのか」という議論にもなっている。

「そもそも、コメ買い取り制度は、貧しい農村にとってはありがたい政策だった。相場の4割増しで政府がコメを買ってくれるもので、当時は批判の声もそう聞かれなかった。それを今になって買い取り資金が汚職の温床になっていると裁判にかけるのは言いがかりもいいとこ」(タクシン派幹部)

 だが、この制度によりコメ価格が上昇、国際的競争力を失ったのも確かだ。タイはコメ輸出量が落ち、それが近年の経済不振につながっているともいわれる。都市部の中間層に多い反タクシン派からすれば「制度は農民の票集めにすぎない。その上、資金が汚職に回っていたのだから訴追は当然」と映る。

 民主的な選挙を行っていないことについては「学のない農村部の1票と、バンコクの我々ホワイトカラーの1票が同じなのはアンフェア。それが是正されるまでは選挙しなくていい。これがタイ式の民主主義だ」と言う反タクシン派もいる。

 インラック氏は自身のフェイスブックで支持者への感謝と、裁判に出廷しない決意を表明。その後、カンボジアとシンガポール経由で、兄が拠点とするドバイへ向かった。最終的に兄の別の拠点・英国へ亡命するという観測が出ている。

 政権を牛耳る軍が、インラック氏を身柄拘束することもできたが、有罪判決となり、投獄されれば、タクシン派が蜂起する可能性もあり、両者の間で“落としどころ”として国外逃亡を許したという説が根強い。

 ただ、不満を募らせたタクシン派が再び大規模デモを敢行するのではという懸念も伝えられ、タイの政争は当分収まりそうもない。

☆室橋裕和(むろはし・ひろかず)=1974年生まれ。週刊文春記者を経てタイ・バンコクに10年居住。現地日本語情報誌でデスクを務め周辺国も飛び回る。3年前に東京へ拠点を移したアジア専門ライター。