もはや過去の遺物なのか!? テレクラ今昔物語

2017年07月01日 17時00分

テレクラがあった通りも様変わりしていく

 電話のコール音が不夜城から消えた。テレクラは過去の遺物か、それとも…? 東京都議選(2日投開票)で首都・東京の行方をめぐって、シ烈な選挙戦が繰り広げられているさなか、新宿・歌舞伎町の「最後の1店舗」だったテレクラが6月25日をもって閉店した。様々な出会い系ツールの出現によって、一時代を築いたテレクラは消滅。時代の流れとして当然のことなのかもしれないが、テレクラは「本当に終わったサービス」なのか。いや、男女の出会い物語のロマンとして永遠に語り継がれていくはずだ。

 JR新宿駅東口から歌舞伎町一番街を入って、左手の細い道(通称=エビ通り)の入り口にテレクラがある。「リンリンハウス 新宿ニューコマ前店」には、25日で閉館したことを知らせる紙が貼られていた。
 歌舞伎町どころか、新宿で最後のテレクラはあっけなく役目を終えた。店名には、2008年に閉館した「コマ劇場」の名称も含まれている。おなじみの黄色地に赤文字の「テレクラ」という看板とともに、過去の景色がどんどん消えていくのは寂しいものだ。

 テレクラの全盛は1990年代初頭。歌舞伎町にも多くの店が軒を連ねた。テレホンセックスに興じたり、外での出会いに持ち込む男女のやりとりが受話器を通して活発に行われていた。だが、無店舗型テレクラサービス(ツーショットダイヤル)の登場や、インターネットの台頭で出会い系サイトや出会い系アプリが広まると、テレクラは勢いをなくした。テレクラアンチ派はこう言う。

「会ってみるまで容姿がわからないのはリスクが高い。ブスやババアが来たら最悪だよ。電話を待ち続けるしかないのも効率が良くない」

 出会い系サイトでは相手方のプロフィルに能動的に目を通すことができる。文科省の前事務次官が通っていた「出会い系バー」や「出会いカフェ」に行けば、直接会話して顔も確認できる。テレクラの優位性はほとんどない時代になった。

 歌舞伎町のある事情通は「店員が1人で回していて、客もあまり入ってなかった」と話す。「エビ通り」では、先月は風俗無料案内所、その前にはゲームセンターが店じまい。この狭い一角は、右肩下がりと報じられる産業の今を表す縮図だ。

「案内所の家賃は80万円。重荷だよ。歌舞伎町にはほかにも案内所があるし、更新時期に閉めたんだろう。テレクラの抜けた後に何ができるか? 回転率の良いレンタルルームかネットカフェにでもなると思うよ」(同事情通)

 同じ日に立川店、1月には渋谷店も閉店した。これで山手線内で営業を続けるのは池袋店と日暮里店のみ。池袋西口店を6月28日に利用した男性客は「店員さんは『新宿店の後に何ができるか決まってません。どの店もどんどん閉めるわけじゃありません』と話してましたよ」と語る。

 風俗事情に詳しい男性は「90年代の第1次テレクラブームの時とは違って、今はテレクラで出くわす女の9割は売春目的。店の近くにスタンバイして、交渉が済めばすぐ“仕事”をできるようにしている」と解説。そんなことは当然理解したうえで、スレていない女性との出会いにいちるの望みを託す男性がいる。

「テレクラを長いことやってるけど、目も覚めるような美女と1回だけヤレたんだ。彼女ができたこともある。あの感動を知ったら、テレクラはやめられないよ。男のロマンだよ、テレクラは」(50代男性)

「良家の女子中高生は親から買い与えられたスマホで出会い系サイトへのアクセスが制限されている。なので、電話代のかからないテレクラを使うことがある。それで女子高生と出会えたことがあります」(40代男性)

 出会いの“ロマン枠”である限り、テレクラは生き残り続ける。出会い系バーなどのない地域ではまだ立派に活躍している。久しぶりに行ってみてはいかがだろうか。