【インド・ミャンマー国境】首狩り族の秘境ルポ

2016年10月15日 09時00分

“戦利品”の骸骨の山を見せる王族の子孫という-少年

【アツいアジアから旬ネタ直送「亜細亜スポーツ」】インドとミャンマーの国境地帯に広く住んでいるのが、勇猛果敢で知られるナガ族だ。英国軍の侵略に激しく抵抗、第2次大戦後もインド、ミャンマー両政府に牙をむき、独立を目指しゲリラ闘争を続けてきた。

 対立部族との戦いでは相手戦士の首を狩り、神にささげていた。さすがに近代になり、野蛮だとして禁止されたが、首狩りは一人前の男であることを示すための儀式でもあったという。インド側のナガを訪れたライターが振り返る。

「風習が残っていたころの“戦利品”が、どの村にも保管されている。大量の骸骨で、頭に銃創や矢の痕があるのも多い。そして木と土でできた伝統的家屋は、牛やサルの骨などで飾られていて実に不気味。さらに奥には囲炉裏があって、座り込んでいる人々が吸っていたのはアヘンだった」

 ナガの人々はケシを栽培し、嗜好品としてアヘンを生産してきた。さらにヘロインを精製、密輸し、稼いだ金で銃器や弾薬を揃えたという。通常、アヘンはぺースト状でパイプに詰め着火、吸引するのだが、ナガ族は独自のスタイルをとる。アヘンのエキスを雑巾のような布に染み込ませ保存。使うときに布を熱しエキスを戻し、バナナの葉と混ぜ吸うのだ。

 アヘン文化が育ったのも、内戦が続いたから。中央の統治が及ばない一種の無政府地帯だったからこそ、さまざまな風習が残った。「モロン」と呼ばれる施設もその一つ。「日本にも江戸時代まではどこの集落にもあったとされる『若者宿』だ。若い男向けの塾のような場所。農作業や狩りの仕方、天候や山についての知識、首狩りのテクニックや、また夜這いの作法も教えていたようだ」(同ライター)

 ナガ族の村にはいまだ「王」がいる。人頭を模したネックレスをつけ、伝統的なデザインの衣装を着て、鳥の羽をあしらった帽子をかぶり、世襲で代々続いている。よそ者が村を訪れたら、まずあいさつしなければならないのが彼だ。

 文化人類学的に重要な民族だが、その文化は今、急速に失われつつある。インド、ミャンマー側ともに政府との停戦が進んで治安が回復し、観光客に開かれようとしている。「インド側では2012年から段階的に、ナガへの外国人の入域を認め始めた。ミャンマーでも9月上旬、アウン・サン・スー・チー国家顧問主導で、少数民族との融和を目指す会議が開かれ、首狩りやアヘンの地はこの先、観光産業が発展するだろう」(前同)

“見せ物”ではないリアルなナガ族の文化が見られるのも、あとわずかだ。

☆室橋裕和(むろはし・ひろかず)=1974年生まれ。週刊文春記者を経てタイ・バンコクに10年居住。現地日本語情報誌でデスクを務め周辺国も飛び回る。2年前に東京へ拠点を移したアジア専門ライター。