サミット開催でひそかに注目された伊勢志摩“売春島”の今

2016年05月31日 07時00分

潰れたホテルや空き家が目立った

 伊勢志摩サミットが27日に閉幕した。世界各国の首脳を迎えたサミット会場・賢島の華やかさの一方で、ひそかに注目されていた島があった。それは賢島から直線で約10キロの距離にある渡鹿野島(わたかのじま)だ。かつて“売春島”と呼ばれ、事実上の無法地帯のごとく世の男性のあこがれの地として名をはせた島だった。サミットの影響をこの島で探った。

 近鉄志摩線鵜方駅から車で約20分。渡鹿野島へ行く渡船場へたどり着く。ひっきりなしに行き来する船に180円を払って乗り込む。約3分後には島に着く。ネットや口コミで“売春島”と呼ばれ、おどろおどろしい都市伝説も生んだ島にあっけなく上陸できてしまった。

 結論から言えば、この島は廃業になったホテルをいくつか抱え、高齢化の波に押し潰されないよう生き残りを模索する海に浮かぶ田舎町だった。島の中心地は徒歩で30分もあれば十分に見て回れる。「パールビーチ」と呼ばれる美しくて小さな砂浜の目の前には廃虚となったホテルが鎮座する。路地を歩けば、潰れた飲食店や空き家が目立つ。

「船を降りたら客引きがいる」なんていうネット情報はガセだった。

 江戸時代にはすでに島で売春業が行われていたという。この島は“風待ち”の避難港として、嵐などを避けるために寄る人が多かったから、売春をする人たちも集まった。

 まだ売春が盛んだったころを風俗情報誌「俺の旅」(ミリオン出版)の生駒明編集長が振り返る。

「リーマンショック後に完全に落ち込んだそうです。私が島に行ったのもリーマン前でした。女の子と一晩遊べて、朝にみそ汁を作ってくれるなんてこともありました。しかも、帰りは船に乗るところを見送ってくれるんですよ。あれはグッときましたね」

 島は変わろうとしている。自治会長である茶呑潤造氏(66)は「風俗のイメージが強いかもしれませんが、今はもう激減しています。旅行の形態が変わったでしょ。家族や友人と旅行するのが多くなって、社員旅行など団体がなくなった。パールビーチ前のホテルが潰れたのは随分前のことですよ」と話す。かつて600人はいた島民は200人ほどに。若者は島外へ出て行き、高齢化が問題となっている。

 島には特産物がなく、観光を目玉にするしかない。「ネットで調べると風俗のことばっかり。それではいかんということで、ホームページやフェイスブックを立ち上げて、明るく自然豊かな島だとアピールしているんです。風俗に頼るのではなく、そのイメージを払拭し、島のあり方を転換していこうとやっています。サミット後に期待したいですね」(茶呑氏)

 売春に携わる人がいなくなったわけではない。

「ゼロになったというと語弊があるでしょう。何人か女性はいますよ。ただ少なくなっています」(同)

 売春島から家族でも来られる観光の島へ転換を図り、時代に合った形で存続させようというのだ。

 サミットの影響もあった。島民の男性が語る。「1年前にサミットが決まったでしょ。直後に警察のお偉いさんが来て、女の子を追い出していったんですよ。外国から来た不法滞在の子もいるから。それで今は5人もいるかどうかだし、サミット中は表を出歩かないようにしていたみたい」

 この男性によると、売春に携わる女性が400人近い時期もあったという。バブル崩壊もこの島の景気には関係がなかった。しかし、生駒氏の指摘通りにリーマンショックが大ダメージだったという。

「それまでは団体が忘年会でよく来たんだけど。以前は無法地帯やった。警察の人だって遊びに来てたから。島にヤクザは関係してなかったのよ。だから、取り締まりもされなかった」(男性)

 サミットがあったせいで、例年より観光客の入りは悪かったという渡鹿野島。今でも売春が根絶されたわけではなさそうだが、もはやかつてのイメージはない。時代は移り変わり、これからは観光の島になる。