長崎県長崎市の手熊町と柿泊町で行われた節分行事「もっとも」は、驚くほど知られていない奇祭中の奇祭だ。毎年、子供たちはこの日が近づくとソワソワしてくる。“恐ろしいもの”がやってくるからだ。

 もっともは「年男」「福娘」「もっとも爺」の3人1組で構成されている。先頭に立って歩く年男は「鬼は~そと~」と言いながら豆をまき、その後に続く福娘は「福は~うち~」と唱えながら歩いていく。そして、最後にいるのが子供たちに恐れられているもっとも爺だ。どこの家も突然、もっとも爺が居間に上がりこんでくると大パニックとなる。

「もっとも~!」(もっとも爺)

「いやだ、いやだよぉ~! 助けて、助けて~」「わぁ~ん、ママ~。こわいよぉ~」(子供たち)

 もっとも爺は目ん玉をひんむいて大声を上げる。するとビックリした幼い子供たちは、大粒の涙を流して逃げまどったり、母親に抱きついたり。さんざん恐怖心を与えたところで、「いい子にする?」と問いかけると、子供たちは「はい。いい子にします~」と泣きながら指切りげんまんをする。

“長崎のなまはげ”とも呼ばれるもっともは節分の目的通り、災厄をはらって福を招くものだが、謎が多い。起源がハッキリせず、なぜ「もっとも~」と叫ぶのかも分かっていない。

 手熊町の長老は「3人が練り歩くこと自体が『もっともなことだ』といった意味合いだと思います。もっとも爺は、神さまの役割を担っているのだと思います。だから正装をして、みのの笠をかぶり、顔を黒く塗ったりしているのでしょう。神さまが農夫に化けたと思ってもいいのでしょうね。床を踏みならすことで、鬼を外に追い出すのでしょう。節分そのものが厄払いのためにあるのですから、そういうことなのでしょう」と語る。

 もっともは、子供が泣けば泣くほど、大きな幸せを呼び込むことができるとされる。この日のために、孫を実家に呼び寄せる家庭もあるほどだという。