EU理事会が3日、ロシアに対する第6次制裁パッケージを決定したが、そこでちょっとした異変が起きた。

 当初、制裁リストに加わっていたロシア正教会の最高指導者キリル総主教が最終段階になって、制裁リストから外されたのである。

 フランスの通信社がこう報じている。最近のフランス発のウクライナ戦争やロシア情勢に関する報道は、米英発、日本発のものと異なる切り口や内容のものがあるので要注目だ。

<欧州連合は2日、ウクライナに侵攻したロシアに科す追加制裁について、ハンガリーの反対を受け、ロシア正教会の最高指導者キリル総主教を対象から外すことで合意した。外交筋が明らかにした。/EUの追加制裁をめぐっては先月30日、パイプライン経由で輸送されるロシア産原油を禁輸対象から除外するよう求めたハンガリーのオルバン・ビクトル首相の要求を各国首脳が受け入れたことで、合意にこぎつけたとみられていた。だがオルバン氏がさらに、キリル総主教も制裁対象から外すよう主張したことで、各国は再びハンガリーの要求をのまざるを得なくなった。>(3日、AFP=時事)

 欧米や日本では、キリル総主教がプーチン大統領と親しく、ウクライナを侵攻するロシア軍部隊を祝福したことに対する反発が強まっている。しかし、これは正教会の政治的体質についての無理解からくるものだ。

 そもそもこれは歴史的に西ローマ帝国の伝統を継承するカトリック教会(プロテスタント教会は歴史的に見ればカトリック教会の分派)と正教会の違いからくる。カトリック教会の理解では、宗教的権力と権威は教会が持ち、その最高責任者がローマ教皇である。すなわち教会の権力と世俗の権力は分離されている。対して、東ローマ帝国(ビザンティン帝国)の伝統を継承する正教会(ギリシア正教会、ロシア正教会、ウクライナ正教会、ルーマニア正教会など)では、カエサル・パピズム(教皇皇帝主義)といって、宗教と国家は緊密な協力関係にある。

 各国正教会の最高指導者が戦争に際して自国を支持するのは正教会では普通の現象だ。ウクライナの正教会は分裂しているが、いずれの教会もゼレンスキー大統領を支持している。

 オルバン氏は、EUの制裁対象をキリル総主教まで広げるとロシアの国民感情を刺激し、この戦争が宗教政策の性格を帯びることを懸念したのだ。筆者はオルバン氏の奮闘に敬意を表する。

 ☆さとう・まさる 1960年東京生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科を修了し、外務省に入省。ソ連崩壊を挟む88年から95年まで在モスクワ日本大使館勤務後、本省国際情報局分析第一課で主任分析官として活躍した。2002年5月、背任容疑などで逮捕され、09年6月に執行猶予付き有罪判決が確定した。20年、「第68回 菊池寛賞」を受賞した。最新著書は「プーチンの野望」(潮出版社)がある。