医学ジャーナリストが指摘する「頭と他人の体の結合手術」の問題点

2015年06月30日 06時00分

 患者の頭部を切り離し、他人の体と“合体”させる――。イタリア人医師が提唱する仰天手術計画が波紋を呼んでいる。難病を患う30歳のロシア人男性を救うため、男性の頭部を脳死判定を受けた他人の体に移植しようというのだ。SF映画さながらのトンデモ話に批判の声も上がるなか、医学ジャーナリストの松井宏夫氏は「理論上は可能だが…」とした上で、問題点を指摘。手術の捉え方いかんでは、肉体改造や不老不死などのタブーに触れる可能性もあるという。

 トンデモ構想を明かしたのはイタリアのセルジオ・カナベーロ医師だ。

 患者は脊髄前角の運動神経細胞が変性し、全身の筋力低下と筋萎縮が徐々に進行する「ウェルドニッヒ・ホフマン病」を患うロシア人男性のワレリー・スピリドノフさん(30)。症状は悪化の一途をたどり、最後の望みはカナベーロ医師が提唱する「HEAVEN(Head Anastomosis Venture)」と呼ばれる手術しかない。

 これは自分の頭部を切り離し、脳死状態のドナーの体に付け替えるというもの。頭部とドナーの体の細胞が死滅しないように冷却したうえで、脊髄を結合する。

 25日に会見したワレリーさんは「とても楽観的にいます。楽しみです。できるかぎり早く行われるよう実現を目指しています」とコメント。ただし、カナベーロ医師はインターネットを介してワレリーさんと話しただけで会ったことはなく、カルテなどは見ていないというから、聞いている方が不安になる。

 世界初の頭部と体の結合手術だけにコストは膨大。150人以上のスタッフが必要で、手術時間は36時間に及ぶ。費用は1500万ドル(約18億円)とも言われ、その一部は確保済みだが、残りは一般から出資を募るクラウドファンディングや書籍販売でまかなう予定という。

 医学界からは、当然のように反発の声が圧倒的だ。CNNによると、米脳外科学会次期会長のハント・バチェール医師は脊柱や血管は接合できても脊髄をつなぐことはできず、患者は動くことも呼吸もできないと指摘。「死ぬよりも悪いことになる」と断言した。

 CNNによると、1970年に米ケース・ウェスタン・リザーブ大学医学校で行われた猿の頭部移植手術でも、手術から8日後に拒絶反応で死亡。頭部と体の脊髄を接合できなかったため体を動かすことはできず、自力呼吸もできなかった。71年に猿6匹の頭部を移植した別の実験でも、24時間生き延びた猿はいなかったという。

 これにカナベーロ医師は、医療や科学の進歩でこれらの問題は克服できると主張している。

 本当にそんなことは可能なのか――。

 医学ジャーナリストの松井氏は「iPS細胞(多能性幹細胞)を使って脊髄の神経幹細胞を作れば、理論上は頭部と体の結合は可能です」とコメント。実現した場合、全身に信号を送る脳の所有者が体の“宿主”となるという。

 ただし、カナベーロ医師の一連の“パフォーマンス”については「猿などの動物実験で成功例がない段階で、今回の発表をするのはどうかと思いますね。これでは(同医師の)売名行為と疑われても仕方がありません」と苦言を呈す。

 カナベーロ医師は2年後の2017年までに手術を行いたい考えだが、学会の反発も強く、その場合は中国を目指す意向だ。「動物愛護の観点から、近年は猿で実験することが難しくなっています。その点、中国は関係ありません。あそこはその辺りのことは緩いので…」とは松井氏。

 すでにカナベーロ医師の元には、手術を希望するメールや手紙が届いているが、倫理的問題も巻き起こりそうだ。

「難病治療の一つとして、頭部結合手術は想定されています。心臓など臓器移植はOKで、頭部や体はダメなのか?ということになります。お金があれば肌を若返らせたり、脳や体を替えることも可能。寿命は300年、1000年になり、新たな人間はいらなくなります。それがどこまで許されるのか…。人間の“死”について考えなければいけない時代がきます」(松井氏)

 今回の手術の持つ意味は人類史においてとてつもなく大きいようだ。