令和のアントニオ猪木は現れるのか? ロシアのウクライナ侵攻で、世界はプーチン大統領を説得工作できないかに腐心している。フランスのマクロン大統領やイスラエルのベネット首相が仲介交渉に当たっているが、好転の兆しは全く見られない。10日にはトルコのエルドアン大統領の仲介で初のロシア・ウクライナ外相会談をトルコ南部アンタルヤで開催するも、停戦交渉に進展はなかった。日本でプーチン氏とパイプを持つ政治家の出番はないのか。

 プーチン氏はウクライナ侵攻後、核のボタンをちらつかせ、第3次世界大戦や核戦争になりかねない緊張状態が続いている。各国首脳がプーチン氏とコンタクトを取っているが、聞く耳を持つのか。

 東欧、ロシア情勢に精通し、「ロシア 語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記」の著作があるフリージャーナリストの常岡浩介氏はこう指摘する。

「プーチンにとって、利害関係として重要でないと影響を与えることはできない。今までのところマクロンはコケにされている。イスラエルは歴史的にロシアと敵対関係にあるが、旧ソ連時代から100万人くらいの移民がいて、人的交流がある。それでも経済的な結びつきは高くなく、仲介役に出たが、政治的な影響力を与えられるかは微妙」

 日本ではロシアのウクライナ侵攻後、たびたび国会で野党側から特使をロシアに派遣すべきと政府に要望している。名前が挙がったのは、プーチン氏と親交が深い森喜朗元首相と安倍晋三元首相だ。

 安倍氏は首相時代に11回も訪ロし、27回の首脳会談を重ね、「シンゾー」「ウラジーミル」と呼び合う仲で知られた。安倍氏はウクライナ侵攻後、民放テレビ番組で「できるなら私も説得したい」と話したが、今はG7や各国が役割を果たすべきでタイミングではないとしていた。

 ほかにも鳩山由紀夫元首相は、祖父の一郎元首相が1956年に日ソ共同共同宣言を締結した当事者で、鳩山家は長年、ロシアとのパイプは太い。由紀夫氏は日本・ロシア協会の最高顧問を務め、ウクライナ侵攻後にはツイッターで「私はあらゆる戦争を非難する。ロシアは一刻も早く停戦すべきだ」と友愛精神で平和解決を図るべきと訴えた。

 また歴代首相らの対ロ外交で、下交渉を重ねてきた日本維新の会の鈴木宗男副代表もロシアとは多彩な人脈がある。

 思い出されるのは90年にイラクのクウェート侵攻による湾岸危機が発生した際、参院議員だったアントニオ猪木氏がバグダッドに飛び、独自交渉で人質解放に導いた体当たりの“闘魂外交”だ。当初、「猪木氏のスタンドプレー」と、世間から批判を浴びたものの、結果を残したことで、称賛に変わった。

 政府側は「現時点で特使を派遣する考えはない」としているが、安倍氏や鳩山氏が今後、勇んでプーチン氏を説き伏せようと行動に移す可能性はある。

 常岡氏は「日本でプーチンのクビを絞められるほどの政治的影響力を持つ人はいない。パイプがあるとして、名前の挙がった方々はいずれも長年、北方領土問題で何一つ得られなかった。本当にモスクワに行けば、会うことぐらいはできるでしょうが、ヘタに(元首相ら)重要な人間を送ったりすれば、日本とロシアでそれぞれ発表が異なる国益を失いかねない約束を決められ、混乱を招くだけ」と、逆効果でしかないとする。

 常岡氏は「世界を見渡して、唯一、プーチン氏が動くとすれば中国の習近平国家主席でしょう。西側諸国をはじめ、あちこちから経済制裁で蛇口を止められている中、中国にも同調されるとロシアは行き詰まる。習近平の影響力は相当強い」と指摘する。

 現在、習近平指導部は、友好国ロシアによる想定以上の激しいウクライナ侵攻で苦しい立場に追い込まれてきた。米国への対抗でロシアとの共闘は欠かせず、対ロ制裁には反対を貫く。一方でウクライナへの人道支援も打ち出した。侵攻で多数の民間人犠牲者が出る中、「ロシアと一体」と見なされて国際的イメージが悪化しないようもがいている。中国がどう動くのかに世界が注目している。

 やはり日本の出る幕はなさそうだ。