戦艦「武蔵」71年ぶり発見 船体引き揚げは困難も遺品は回収へ

2015年03月05日 11時00分

居酒屋「空母信濃」に展示されている武蔵にあった姿見の裏には「戦艦武蔵工業部 士官室」と揮ごうされている

 1944年にフィリピン・シブヤン海で米軍の攻撃により沈没した旧日本海軍の戦艦「武蔵」が、71年ぶりに発見された。捜索していた米マイクロソフト共同創業者のポール・アレン氏(62)が3日までに、ツイッターで写真を発表した。武蔵はこれまで姿が確認されなかったことから「沈んでいない」「今も海流を漂っている」などの都市伝説があったほど。日本海軍が誇ったその雄姿は海底でも健在だった。

 戦後70年の節目となる2015年に突如、武蔵がよみがえった。海底に眠る武蔵を発見したのは、アレン氏が所有する巨大ヨット「オクトパス号」に積まれた深海探査船。ビル・ゲイツ氏とともに米マイクロソフト社を立ち上げ、巨万の富を持つアレン氏は、慈善活動や宇宙開発に積極的で、約1000メートルの海底に沈んだ武蔵の姿をとらえた。

 艦首とみられる菊の紋章や「開」「主弁取手」の文字が刻まれたバルブ部分の写真が公開された。

 武蔵は戦艦「大和」の姉妹艦で、ともに世界最大となる46センチ主砲を搭載し、日本海軍の双璧だった。ラバウルで戦死した山本五十六連合艦隊司令長官の遺骨を日本へ“帰国”させる際の運搬やマリアナ沖海戦、レイテ沖海戦などに出撃。1944年10月24日にシブヤン海で、米軍機の集中砲撃に見舞われ、約9時間後に沈没。乗員約2400人のうち約1000人が死亡した。日本海軍が建造した最後の戦艦となった。

 武蔵が沈んだ地点はおおよそ特定されていたものの、これまで発見されることはなかった。当時の最先端設計だった武蔵の艦内は気密性が高く、すべての船室に浸水しなかったとの見方があり、小説「戦艦武蔵」の著者・吉村昭氏(故人)は沈まずに流された可能性に言及。

 それに尾ひれがついて、いまでは「海中を漂い続けている」「太平洋沖の海中に巨大な移動物体のソナー反応がある」と武蔵の“不沈艦伝説”がまことしやかに伝えられていた。

 武蔵発見に神奈川・横須賀で居酒屋「空母信濃」を経営する澁谷光則氏は「見つかったのは良かった」と話す。同店には出撃前の武蔵の艦内で使用されていた姿見(鏡)が飾られている。

「(戦争激化で)艦内の割れ物は外しておくということで、乗組員の方が受け取っていたものです。その方も高齢になられ、『私が持っていても仕方がない。店に置いて、(武蔵を)語り継いでください』ということで譲り受けた。71年もたって、武蔵が見つかり、乗組員の方や建造にかかわった方、この鏡も喜んでいるのでは」(澁谷氏)

 ネット上でも武蔵発見は大いに沸いた。折しも第2次世界大戦時の軍艦をモチーフにしたゲーム「艦隊これくしょん」(艦これ)がブレーク中で、“武蔵祭り”となったのだ。

 これまで戦艦といえば、大和ばかりが映画やアニメ化され、武蔵は地味な役回りだった。

「ゲームが流行し、武蔵も注目されている中での発見ですから、盛り上がる。呉にある博物館『大和ミュージアム』だけでなく、長崎にも『武蔵ミュージアム』建設の機運が高まってほしい」(軍艦ファン)

 武蔵の船体引き揚げは困難とみられるが、遺品は回収されそうで、武蔵にスポットライトが当たることになりそうだ。