最近見かけなくなった「宮型霊柩車」どこへ行った?

2014年12月13日 09時00分

減り続ける宮型霊柩車

 高倉健さん、菅原文太さんら昭和を彩った大物俳優が相次いで亡くなった。誰にも訪れるが、誰もが人ごとだと思っている死についてじっくりと考えた人は多かっただろう。そんななか、この20年の間に葬儀の光景で大きく変わった部分があるのをご存じだろうか。昭和の時代は当たり前に見られた「宮型霊柩車」。しかし、この宮型霊柩車が減り続け、このままだと消滅してしまいかねないという。原因は火葬場設置を巡る問題と、バブル崩壊以降ずっと低迷する日本の景気にあった。

 宮型霊柩車とは、遺体を乗せる後ろ半分が御輿のようになった霊柩車。御輿部分は宮大工によって施された彫刻や彫金などで飾られている。あまり大きく取り上げられることはないが、伝統的な職人の技が随所に生きる“作品”だ。この形、モータリゼーションによって突然生まれたのではなく、日本の葬送文化の流れをくむものだった。

 かつての日本では葬儀後、遺体が入った「輿」を葬列を組んで大切に埋葬場まで運んだ。いわゆる「野辺の送り」で、この「輿」の部分を車に乗せたのが宮型霊柩車。昭和に一気に普及し、東京、神奈川、大阪、京都などでは宮型霊柩車が70%以上を占め、全国で1000両以上が走っていた。しかし、その数も出動回数も減り続けている。原因は何なのか?

 一般社団法人全国霊柩自動車協会の勝基宏部長によれば「平成の初めごろから火葬場を新設する際に、自治体が周辺住民に配慮して宮型を出入り禁止にするケースが増えてきました」。宮型霊柩車が葬儀の“象徴”となったことで、忌避されてしまったわけだ。

 この結果、見た目は高級外車とあまり変わらない「洋型霊柩車」が増え、「協会の会員保有車両では、2009年に洋型の台数が宮型を上回りました。今年の調査では洋型1514台に対し、宮型は806両です」と洋型の台数が宮型を大きく上回っている。

 もうひとつの大きな原因が、長引く不況で葬儀にかける費用が減ったことだという。

「宮型、洋型霊柩車に比べてかかる費用が5分の1ということで、最近はバン型霊柩車を選ばれる方が増えました。バン型は本来、病院から葬儀会場までご遺体を運ぶための車だったのですが、葬儀会場から火葬場までもバン型でという具合に」

 コストダウンの波は葬儀にも押し寄せていた。

 もちろん「どうしても宮型で」というケースも少なくなく、勝氏によれば「周辺住民からの声で、宮型の出入りが認められた火葬場もあります」という。

 一方、業者側の事情も苦しい。希望する人のために宮型を保有していても、出動回数が減っているため、コストを考えると大手といえども維持が難しい状態なのだ。また、勝氏によれば「宮型を作る職人さんも減っている」という。

 日本の葬送文化のひとつの象徴が消えかねないこの状態に対し、全国霊柩自動車協会では「宮型霊柩車という文化を残すのは協会のミッションだと考え、今後積極的に啓蒙活動していきます」と言う。