五輪「オールジャパン体制」のキーマンは森元首相

2013年09月10日 11時00分


 一方、石原氏は「前回はプレゼンテーション勝負だと思って、よくできたのに結果はダメだったので、これは政府が乗っからないと勝てないという気持ちが恐らくあって、それからあまり『次も出る』と言わなくなった」と東京都の細井優スポーツ振興局長は振り返る。


 これに対し、選手らの活動もあり「スポーツ団体や被災県から『出てほしい』という要望が知事にたくさん寄せられた。だいたいそこでオールジャパンの体制になっていた」(細井氏)。国際大会の招致に国が関わるというスポーツ基本法成立後の11年7月、石原氏は再招致を表明した。


 ところが肝心の石原氏は、新党結成が取り沙汰される一方、五輪への関心が弱まる。スポーツ関係者に対し「招致はもうお前たちでやれよ」と言いだす中、キーマンとして再び森氏の存在感が高まった。前回が「東京都と一部スポーツ界だけでやっている感じだった」(市原氏)反省から、政財界など国を挙げて招致に取り組むため、識者らによる諮問機関「評議会」を東京招致委員会に新設し、AKB48の秋元康総合プロデューサー(55)、球界から王貞治ソフトバンク会長(73)も名を連ねた。財界人も集まり、関係企業が告知活動を担った。設立の背景には森氏の「オールジャパン」志向があり、自身も議長に就いた。国を挙げた活動では文科省、外務省の人材が必要だとして、外務省で駐韓・駐仏大使などを歴任した小倉和夫氏(74)を評議会事務総長、文科省スポーツ・青少年局長を務めた樋口修資氏を東京招致委員会事務局長に招いた。これも森氏の意向だという。


「森さんは全体のプロデューサーみたいな性格を持っている。EXILEを(PRに)使ったらどうかという話も森さんから出た」(樋口氏)。市原氏が「人脈からして、さすがだなと思った。名実ともに力のある人」という森氏こそキーマンだった。