逝去・寬仁さま「スキー秘話」

2012年06月10日 12時00分

 喉のがん治療に伴う手術を受け闘病生活を送っていた三笠宮家の長男寬仁(ともひと)親王殿下が6日午後3時35分、多臓器不全のため、入院先の都内の病院で亡くなられた。66歳だった。「ひげの殿下」として親しまれた寬仁さまはスポーツにも関心が深く、とりわけスキーやスケートなど冬季競技に熱心だった。

 

「良い成績だったら祝勝会をやろうと言われて、2回も会を開いていただきました。スキー、スケートの役員や選手のほとんど全員が行ったと思います。オスロから板前さんも呼んで、すしなど日本食を振る舞っていただきました」

 

 18年前の1994年リレハンメル五輪(ノルウェー)当時をそう振り返ったのは、元全日本スキー連盟専務理事の池上三紀氏(72)。

 

 学習院大時代はスキー部に所属した寬仁さまは、中規模のホテルを借り切って現地に滞在し、夫婦で日本選手団を応援した。ジャンプやノルディック複合の会場などに足を運んだほか、開幕前には選手らをホテルに招いて激励会を開催。日本が金1、銀2、銅2のメダルを獲得すると、再び選手を呼んで労をねぎらった。

 

 闘病生活の寬仁さまを励ますため、記帳に行こうと考えていた矢先の悲報。池上氏らは「スキーの殿下」と呼んでいた。