福岡・太宰府が新元号フィーバーに大わらわ

2019年04月02日 16時29分

 1日に発表された新元号「令和」の出典は、過去247の元号で初めて日本の古典から取られた。日本最古の歌集「万葉集」の梅花の歌32首の序文「初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香『初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(かぜやわら)ぎ、梅(うめ)は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす』」が出典元だ。その歌が約1290年前に詠まれた福岡・太宰府市が1日、沸いている。

 太宰府市文化財課によると、万葉集にはこの歌が「天平2(西暦730)年1月13日に大伴旅人(おおとものたびと)邸で開かれた梅花の宴で詠まれた」と書かれており、新元号が発表された直後から、対応に大わらわとなった。

 7世紀後半から平安時代に、九州の政治・外交の拠点となった地方最大の役所・大宰府政庁の大宰帥(長官)だった大伴について「家があった場所はどのあたり?」「詠んだのは誰?」などの問い合わせが殺到した。

「はっきりとココというのはないのですが、学者先生の研究では推定地が市内に2~3か所あり、そこをご案内していますが、何しろ今日の今日のことで、これからホームページなどで観光案内として紹介しようとは思っています。誰がその歌を詠んだのかは不明で、今後、調べることになると思います」と同文化財課職員はうれしい悲鳴をあげていた。

 その「梅花の宴」の様子は市内の「大宰府展示館」で博多人形のジオラマで再現されており、来場者も増えそうだ。

 学問の神様として知られる菅原道真をまつった「太宰府天満宮」も古くから梅の名所として知られてきた。梅花の宴から約100年後に生まれた道真は、京都から無実の罪で大宰府に流され、梅をめで、903年に大宰府で生涯を遂げた。

 市民からは「ゆかりの地として観光客も増えるだろうから、関連して新商売や新商品、サービスができて“令和特需”の恩恵にあずかれるのでは」と期待している。

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