韓国「三・一独立運動」親日派抹殺の愚 日本から独立勝ち取るまでの偽りの神話

2019年03月02日 17時00分

文在寅大統領(ロイター)

 日本の植民地支配に抵抗して朝鮮半島で起きた「三・一独立運動」の100周年を1日に迎えた韓国で「独立記念日」として、各地で記念式典や記念行事が行われた。政府主催の式典で文在寅大統領(66)は冷え込んだ日韓関係を踏まえ「朝鮮半島の平和のために日本との協力を強化する」と強調した。だが、韓国内では反日感情が高まっており、日本の河野太郎外相は同日、日本から韓国への渡航者に警戒を呼び掛けた。専門家は独立運動の狙いと矛盾を指摘している。

 ソウル市中心部の光化門広場で開かれた政府主催の記念式典には文大統領と約1万人の国民が参列した。

 文氏は演説で「朝鮮半島の平和のために日本との協力を強化する」と強調。歴史問題については「力を合わせ(日本の植民地支配の)被害者たちの苦痛を実質的に癒やした時、韓国と日本は心の通じる真の友人になる」と、日本への直接的な批判は避けた。

 文氏は「韓国内で植民地統治に協力した親日派の清算が必要」とも主張したが「(国民を)分裂させたり、隣国との外交で葛藤の要因をつくろうとしたりするものではない」と述べた。

 韓国内が祝賀、反日運動で盛り上がっていることから、日本の河野外相は「各都市で市民団体による(反日)デモが行われる可能性がある。注意を払ってもらいたい」と日本から韓国への渡航者に警戒を呼び掛けた。外務省も韓国への邦人渡航者に安全確保を促す「スポット情報」を出した。

「300枚のユニークな広告が語る こんなに明るかった朝鮮支配」を著した文筆人の但馬オサム氏は「韓国はこの三・一運動と上海臨時政府を通し、民族自決の闘争を通して独立を勝ち取ったというストーリーを作りたいようですが、この神話には決定的な“英雄”が不在なのです」と語る。

 1919年に起きた三・一独立運動後、時の原敬内閣は運動を武力で鎮圧した長谷川好道朝鮮総督を更迭し、代わりに穏健派の斎藤実を朝鮮総督として派遣した。これより朝鮮は武断統治から文治統治の時代に入り、三・一独立運動のような大規模な抵抗運動は起きていない。そして、原敬首相は三・一独立運動の主導者の一人である呂運亨を日本に招聘し、講演させている。独立運動派の言い分も聞こうという配慮だった。

 また、三・一独立運動に先立つ、二・八宣言の起草者で臨時政府の創立メンバーである小説家の李光洙は、1940年の創氏改名令では、朝鮮知識人の中でいち早く「香山光郎」と改名し、自らも朝鮮人に改名を説いて回った。その他、やはり作家の金東仁、思想家の崔麟、女性で教育者の金活蘭など、三・一独立運動の主導者、あるいは独立運動の名だたる活動家はみな後年、親日派に転向している。

 但馬氏は「転向の理由はさまざまですが、日本の法治に感激してというのが最大公約数のようです。三・一運動は半島全土を巻き込んだ騒乱で、内地人もかなり被害に遭っていますが、逮捕者のうち死刑は一人もいません。最高刑は懲役3年ですが、ほとんどが1年半で出獄しています。被告一人ひとりに弁護士が付き、証言も許されるという近代的法治は、為政者に逆らったら一族郎党皆殺しが当たり前だった李朝時代には想像もできないことだった」と言う。

 三・一独立運動の主導者がことごとく親日派になってしまった以上、この中から「抗日英雄」を見つけることは難しい。

 但馬氏は「仕方がなく現在の韓国で三・一運動で投獄され獄中死した女子大生・柳寛順や臨時政府が放ったテロリストを『抗日英雄』に祭り上げている始末です。一方、先に挙げた李光洙や崔麟たちは、日本の敗戦後、反民族行為者として逮捕されたり、その子孫は盧武鉉の作った親日法で財産没収の憂き目を見ています。文大統領は三・一運動の神話化と同時に、併合時代の親日派の歴史抹殺を徹底させていくようですが、それを進めれば進めるほど矛盾にぶち当たるはずです」と指摘している。