ベトナム・ハノイで開催されたトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長との2回目の米朝首脳会談は28日、合意文書の署名が見送られ“決裂”したことで、今後の“最悪のシナリオ”が語られ始めている。トランプ大統領は「急いでいない」と交渉継続の姿勢を見せたが、状況次第では来年の米大統領選直前に北朝鮮への“急襲プラン”まで再浮上してきた。

 前夜に続く1対1の会談前、正恩氏は「直感ではいい結果が出る」と話し、友好的な雰囲気で始まったが、それが一変したのは閣僚らを含む拡大会合の席だった。北朝鮮は寧辺(ニョンビョン)の核施設廃棄を条件に、経済制裁の全面解除を求めたとみられ、米側がこれを拒否。互いに譲歩することなく、その後に予定されていた昼食会、合意文書の署名式は異例のキャンセルとなった。

 それでもトランプ氏は今後の交渉については継続を明言。ホワイトハウスも「今回は合意に至らなかったが、協議継続を期待している」と強調した。

 北朝鮮事情に詳しい拓殖大学主任研究員で元韓国国防省北朝鮮分析官の高永チョル氏は「北朝鮮が不可逆的な核廃棄(CVID)の具体的措置に踏み込めば、トランプ大統領は部分的な制裁解除や朝鮮戦争の終結宣言にまで至る可能性はあったが、双方ともに時間稼ぎに走った」と指摘する。

 双方の裏事情もある。トランプ氏は北朝鮮問題の解決に意欲を見せているが、頭の中は来年の大統領選で再選することしかない。北朝鮮問題もそのカードの1枚にすぎない。

 先月、トランプ氏は突然「安倍晋三首相がノーベル平和賞に自分を推薦する推薦状を出してくれた」と暴露する騒動があった。だが、これも「ロシアゲート(ロシアとトランプ陣営が共謀して2016年米大統領選に介入した疑惑)で弾劾訴追される可能性があるだけに、ノーベル平和賞を受賞して挽回したいのが本心。そのためには北朝鮮を完全非核化に導き、朝鮮戦争を終わらせなくてはいけない」(米ウオッチャー)との事情だったとみられている。

 しかし、正恩氏も簡単に折れるタマではない。 表向きは核・ミサイルの実験を停止しているが、裏では潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)用の潜水艦開発を進め、完成が近いとみられる。

「潜水艦が配備できれば、場所を特定されずにグアムや沖縄の米軍基地に核ミサイルを発射できるようになる。金正恩が簡単に妥協しないのは、潜水艦を完成させるための時間が欲しいからなのです」(高氏)

 トランプ氏は会談で「一般に知られていない施設でも我々が知っているものもある」として、北朝鮮に全情報を開示するように迫っている。

 だが、今後、成果が得られない場合“最悪のシナリオ”も考えられる。高氏は「トランプ大統領は20年までに北朝鮮が核廃棄しない場合は、再選をにらんで、軍事行動に出てもおかしくない」と重大警告する。

 米大統領では過去に、同じく共和党のブッシュ大統領が湾岸戦争、息子のブッシュ大統領もイラク戦争を主導し、ともに支持率を90%近くまで上げた前例がある。

「このまま北朝鮮への経済制裁を続け、金正恩に反発する勢力のクーデターを誘発させるソフトランディングもあるが、北朝鮮が完全非核化をのまずに潜水艦完成などの強硬路線を突き進めば、ブッシュ親子の先例に倣い、来年の大統領選直前の2~3か月前に空爆を仕掛けるハードランディングの可能性は否定できない」(高氏)

 北朝鮮には前出の寧辺のほか、東倉里のミサイル施設、カンソンにあるとされる実態不明の“秘密核施設”があり、核・ミサイル施設の全容は見えない。地下にあれば空爆も難しい。米国が軍事攻撃に出るとすれば、限定的な爆撃で警告を発するのが現実的な方法か。

 来年11月の米大統領選前といえば東京五輪・パラリンピックの開催期間と重なる可能性もあり、攻撃が現実になれば日本も対岸の火事では済まない。