【アツいアジアから旬ネタ直送 亜細亜スポーツ】シンガポール政府は先月末、21歳以上の国民全員に特別ボーナスを支給すると発表した。額は一昨年の収入によって決められ、1人あたり100~300シンガポールドル(約8200~2万5000円)。約280万人を対象に総額7億ドル、日本円にして約568億円をばらまく。来月末から12月にかけ支給される予定。

「いまシンガポール経済は堅調。政府が発表した昨年度予算の黒字は、過去30年で最高の96億ドル(約7800億円)。税収は前年度比6・8%増の502億ドル(約4兆円超)でした」とは、現地在住の宮崎千裕記者。この黒字を国民に還元しようという政策だ。

「シンガポールでは通称『SGボーナス』と呼ばれ、2008年と11年にも実施。11年は個別支給額が最高800ドル(約6万5000円)でした」と宮崎氏。さすがアジアナンバーワンの経済国だ。日本のネット住民からはシンガポールをうらやむ声続出だが、現地ではあまり盛り上がっていないという。

「『新型iPhoneを買う足しにする』と言う人もいますが、ちまたで連動セールが行われる予定もなく、『国民の機嫌取りにすぎない』と冷静に受け止めている人がほとんど」(前同)

 というのも、リッチな金融・観光立国というイメージが強いが、実のところ、生活は我々が想像するほど楽ではない。1人あたりのGDP(国内総生産)は5万7000ドル(約460万円)で、日本の約430万円より高いが、生活コストもまた非常に高く、暮らしを圧迫する。

 国民の大半が住む公団住宅HDB(ハウジング・デベロップメント・ボード)は、郊外の70平方メートルほどの物件で3500万円程度だが、中心部の物件だと1億円クラス。このローンで国民はカツカツなのだ。賃貸でも高額で「日本人駐在員が入居する物件では、月50万円という家賃も珍しくありません」と宮崎氏。

 平均月収は約4000ドル(約32万5000円)と、GDPの割に高くはない。加えて学歴社会のため教育費もかかる。国民が払う医療費は公立病院で5割負担、民間病院なら7割負担とこれまた高い。SGボーナスをもらったところで“スズメの涙”なのだ。

 格差の広がりも問題で、社会保障が乏しく、経済苦にあえぐ老人もいる。高齢者(65~69歳)の就労率は約40%で、12年前の24%から大きく上昇。その子供たちも生活が苦しく支援できず、やむなく働くお年寄りが多いのだ。

「政府はSGボーナス支給の発表と同時に、21年以降にGST(日本でいう消費税)を現行の7%から9%に上げると表明しました」(宮崎氏)

 そのため現地では「SGボーナスなんてGSTの値上げでフッ飛ぶ」「国民に手羽だけ差し出し、政府は後で鳥一羽丸ごと取り返すつもりだ」「ボーナス予算を失業者や生活困難者支援に回したほうがよっぽど有効」と非難ゴウゴウだ。(室橋裕和)

☆むろはし・ひろかず 1974年生まれ。週刊文春記者を経てタイ・バンコクに10年居住。現地日本語情報誌でデスクを務め、2014年に東京へ拠点を移したアジア専門ライター。最新著書は「おとなの青春旅行」(講談社現代新書)。