定年を迎える「昭和の名物オヤジ」に贈る言葉

2012年03月30日 00時36分

そろそろ65歳を迎える団塊世代はもちろん、皆さんの会社でも、今月いっぱいで退職する方が少なからずいるのでは? モーレツ社員として会社を支えてきた先輩、給料ドロボーとして有名だったオジサン…。まさに千差万別だが、中には「やっと定年か」と陰口を叩かれながらも周囲が別れを寂しがっている人もいる。「会社に残る後輩から辞める人への手紙」という形で記事にしてみた。

【謹厳実直すぎた8時7分の男へ】
あなたはバカ正直でマジメだけが取りえでした。40年間、無遅刻無欠勤。雨の日も雪の日も、始業時間である9時の1時間前、8時きっかりに出社していましたよね。机をふき、自分でお茶を入れて、席につくのは8時7分。1分たりともズレたことがありません。正午からの昼休みでは、必ず午後12時50分に昼食から戻ってきますので、あなたが席についたら「あっ、1時まであと10分だな」とみんなで目配せし合ったものです。
仕事中の私語は一切なく、どんな年下も「さん」づけで呼び、すべて敬語。私服で構わない休日出勤でもスーツ姿で、領収書を切る接待の席でも一番安い酒を頼んでいました。周囲は「せっかくなんだから」と言いつつ「らしいな」と思っていましたよ。
ほとんどミスをしないあなたが、若いころ、一度だけ失敗した話は有名です。会社に数万円の損失を与えただけなのに、雨の中、社長宅の前で一晩中正座をしていたという都市伝説は誰もが知っています。おそらく事実なのでしょう。年の一度のボーリング大会で毎回3位以内に入るのに賞品を辞退する姿も風物詩でした。
100人程度の会社とはいえ、すべての人に毎年、年賀状を送っていたあなた。まったく親しくはないですが、来年からこなくなると思うとなぜか寂しいです。
=隣の部の若手より

【時代遅れのKY部長へ】
もう、あなたの大声が聞けなくなるんですね。防災訓練の日になると、あなたはハンドマイクを持って社内を駆け回っていました(ビルに放送機能がない)。
「火災探知機が作動いたしました!」。訓練なのにバーコードの髪を振り乱して、迫真の〝真顔〟。みんな笑いをこらえるのに必死でした。一度、本当に笑ってしまった若手に対し、訓練後2時間説教したのも語り草です。そうそう、毎年「探知機」と言っていましたが、おそらく「報知器」ですよね。面倒だから誰も指摘しませんでしたが。
会社の新年会や忘年会の司会を率先してやる際も、漢字は苦手でしたね。偉い人の長ったらしい肩書きを、いつも微妙に間違えていました。これも面倒だから誰も指摘しませんでしたが。
そうそう、会社がからむ冠婚葬祭では抜群の存在感。葬式では、列を乱す社員や香典に薄墨の筆ペンを使わない社員に説教していましたが、その声が大きすぎてあなた自身がヒンシュクを買っていましたよね。
昭和を地でいく精神論の数々もすてきすぎます。風邪が流行すると、マスクをしている社員に対し「たるんでるから風邪をひくんだ!」と怒鳴るんですよね。総務部なのに、営業部員に対し「契約取れるか取れないかは気合だ」と真顔で話していたのも驚きでした。
あなたの退職に際し、私も含めてほとんどの社員がせいせいしていますが、先が思いやられる気もします。4月から、誰が会社の行事を仕切るのでしょうか。社内の風紀も乱れるのでしょうね。
=30代主任より

【愛すべき5時から課長へ】
企画書読んで「内容がないよう」。飲み会のときに誰かが席を立つと「トイレにいっといれ~」。寒いダジャレを連発するあなたもついにお辞めになるんですね。しょっちゅうくだらないことを言っているので、時々下ネタをまぜても誰も怒らないというキャラクターを確立しました。あきれつつも、みんな一目置いていましたよ。
その態度はこれだけセクハラが問題視される昨今も変わりませんでした。先月も、女性社員の前で「それはビックリトリスだね」。周囲はヒヤヒヤ。訴えられずに定年を迎えることに、我々はビックリトリスです。
バブル以後、仕事はまったくしませんでしたね。出社してしばらくするといつの間にかいなくなり、午後4時に戻ってくる。帰社したときに寝癖がついていたときはさすがにあぜんとしました。
昼間は死んだ魚みたいな目でしたが、仕事が終わると超元気。「俺は元祖5時から男だ」と言っていましたが、最近の20代は「5時から男」がなんだか分からないようですよ。もちろん毎晩のようにスナックに通い、連日の二日酔い。「週に8日、酒臭い男」とも呼ばれていましたね。
最近は「ワシが定年? 何言うていねん」というダジャレをドヤ顔で使っていますが、出社最終日となる30日はどんなことを言ってくれるのでしょうか。楽しみにしています。
=あなたの年下上司より

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