兄・憂が見た堂安律という男 G大阪に決めたのは〝お告げ〟があったから

2020年10月06日 11時00分

兄の憂が堂安の“過去”を振り返った

 ドイツ1部ビーレフェルトの日本代表MF堂安律(22)はどんな進化を遂げてきたのか。兄で関西リーグのおこしやす京都ACに所属するMF堂安憂(24)が、欧州トップリーグで活躍する選手に成長した弟のこれまでの姿を振り返った。後編では、Jクラブ下部組織による堂安の大争奪戦が繰り広げられる中で最終的にG大阪入りの決断に至った意外な“理由”を明かした。

 地元クラブで成長を続けた堂安は中学へ進学するころ、C大阪や名古屋などJクラブの下部組織からオファーが届く存在となっていた。C大阪については小学校4年でセレクションを受けて不合格となった経緯から即決で断りを入れた一方、どのクラブに入団するかは迷い続けた。

 憂は、堂安が決断した当時をこう語る。「ガンバ(大阪)に行ったのは(名古屋)グランパスとか、ほかの候補もある中でかなり迷っていたけど、決めてないといけない前日の夜に活躍している夢を見たから。朝起きてオカンに(弟が)『夢にガンバが出たからいくわ』と言ったみたい」

 もちろん、堂安ならどのクラブでも大成しただろうが、“夢のお告げ”に導かれたG大阪では努力と環境がかみ合って飛躍的な成長を遂げた。高校2年時には、元日本代表FW宇佐美貴史(28)、同MF井手口陽介(24=ともにG大阪)らのように飛び級でトップチームに昇格。憂は「律もうまかったけど“異次元”だった宇佐美、井手口のように飛び級とまで思わなかったのでびっくり。でも飛び級してから一気に抜けた感はあった」と振り返った。

 実際に、トップへ昇格後は順調にステップアップ。2017年夏に移籍したオランダ1部フローニンゲンでの活躍で欧州でも注目される存在となったが、その道のりで堂安の強運ぶりを実感した。憂は「持ってないやつはうまくても(ゴールが)入らないし(弟は)持っているほうだと思う。(16年にG大阪U―23の一員としてプレーした)J3でもすぐ点を取ったし(17年に)J1に出てからも、フローニンゲンでも早いほうだった。すごいなと」。

 フローニンゲンでの活躍後、昨夏にオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍し、今季はドイツに活躍の場を移した。環境が変わっても適応できる明るさも一つの“武器”だという。憂は「律の誰とでも話せるみたいな感じはオカン譲り。人見知りは一切しないし、話せないときもジェスチャーでコミュニケーションを取っていたらしい。性格的にはラッキーなことに海外向き。技術よりメンタルが強い。それもうまくいく要因だった」と説明した。

 エースの役割が期待される来夏の東京五輪ではパフォーマンスとともに持ち前のコミュニケーション力でチームをけん引し、悲願の金メダルへと導く。 

 ☆どうあん・ゆう 1995年12月14日生まれ。兵庫・尼崎市出身。幼少からサッカーを始め、C大阪の下部組織から長野・創造学園高(現松本国際高)、びわこ成蹊スポーツ大を経て2018年にJ3長野入り。現在は関西リーグのおこしやす京都ACに所属する。169センチ、64キロ。