1996年アジア杯 代表イレブンを救ったカップ麺「ラ王」

2021年09月22日 16時00分

前園(右)と中田は「ラ王」のCMで共演した(東スポWeb)
前園(右)と中田は「ラ王」のCMで共演した(東スポWeb)

【多事蹴論(14)】 苦境に立たされた日本代表を救ったのはカップラーメンだった――。1996年にUAEで開催されたアジアカップにディフェンディングチャンピオンとして臨んだ日本代表は加茂周監督に率いられて連覇を目指していた。しかし、当時の日本代表はまだW杯出場を目指している段階。現在のようなサポート体制が確立されておらず、不慣れな中東の地で万全の体調を整えることも難しい状況だった。

 特に選手たちを苦しめたのは食事だ。日本代表に専属シェフが同行したのは94年にカタール・ドーハで開催された米国W杯アジア最終予選(93年開催)が初めて。しかし、その後は海外遠征でもイレブンに日本食が振る舞われることはなく、長期遠征となったアジアカップでも日本人にとってパワーの源といえる白米もなし。現地のメニューを食べるしかなかったという。

 満足のいく食事が食べられずに、選手たちのストレスはたまるばかりでイライラを募らせる選手も出てきた。しかも日中の気温は40度超で開幕を前に徐々に消耗。コンディションも上げるどころか悪化していく中、選手たちを救ったのはカップラーメンだった。

 当時、大スターだった日本代表MF前園真聖とMF中田英寿は日清食品のカップ麺「ラ王」のテレビCMに出演。前園がメインで中田が脇役で登場し、大きな話題となったCMだったが、その縁で日本代表で遠征に臨んでいる前園に同社から大量の「ラ王」が届けられた。それを知ったイレブンは歓喜したという。

 それ以降、チームでの食事が終わると、一部のイレブンは前園の部屋に集結。不慣れな中東料理に食が進まないイレブンにとって国民食ともいわれるラーメンはまるで砂漠の“オアシス”のようだったそうだ。順番を決め、お湯が沸くのを待ち、無心で麺をすすり上げた。そのおかげでストレスも軽減されていった。

 日本代表で10番を背負ったMF名波浩は後にUAEでのアジアカップを振り返り「あのときは食事で苦労したからね。それこそ『ラ王』のおかげで食いつないだ感じかな。食事が合わないのは本当につらかったし、冗談抜きで『ラ王』がなかったら、どうなっていたか。だから、みんなゾノに感謝していた。“前園さんのおかげ”ですよ」と語っていた。

 日本代表は不慣れな環境の中、なんとかアジアカップに臨み、ふがいない内容ながら1次リーグを突破。しかし万全のコンディションではなかったため、決勝トーナメント1回戦でクウェートに0―2で敗れ、敗退した。その4年後、日本代表は2000年にレバノンで開催されたアジアカップで優勝。リベンジを果たした名波は「あのときと協会のサポート体制が違ったから。そこが優勝できた要因」と話していた。

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