前園が平成を回想「世界に飛び出す“初めての一歩”になった」

2019年04月30日 16時30分

アトランタ五輪で“マイアミの奇跡”を起こした前園(1996年7月)

 平成の五輪では夏季、冬季を通じて多くのドラマがあった。あまたのヒーロー、ヒロインが生まれた中で、本紙読者の心を揺さぶった選手にご登場願おう。1996年アトランタ大会サッカー男子で王国ブラジルを破って史上最大の番狂わせを起こした五輪代表主将の前園真聖氏(45)が平成を回想した。

 1996年アトランタ五輪出場と本大会で世界最強国のブラジルを倒した“マイアミの奇跡”は平成時代にプロ化した日本サッカーの成功を証明した。五輪チームで主将を務めた前園氏は「僕にとっては大きなものです。これまで日本サッカー界が越えられなかった高い壁を突破し、新しい扉を開いたという感じでしょうか」と振り返った。

 93年にJリーグが発足すると、日本国内に巨大なムーブメントを巻き起こした。しかし、“ドーハの悲劇”で知られる同年の米国W杯アジア最終予選では敗退し、世界はまだまだ遠い存在。日本サッカー界が次に期待したのは、FW釜本邦茂を擁して銅メダルを獲得した68年メキシコ大会以来となる96年アトランタ五輪出場だった。

 前園氏は「全員がプロ選手でしたし、五輪に出てサッカー界を変えてやりたいとの気持ちでした。アジア予選を勝ち進むと注目度も高まり、日の丸を背負う重圧を感じる中、チームとして『絶対に行ける』という自信もあって28年ぶりの出場を果たせました。本大会ではロナウドやベベトがいたブラジルに勝って世界と戦えることを証明できたと思います」。

 平成最大の番狂わせを起こしたアトランタ五輪後、日本サッカーは快進撃を見せた。A代表は98年フランスW杯初出場を勝ち取ると、現在まで6大会連続出場。五輪も連続出場を続ける。選手も世界に進出し、アトランタ世代では前園氏をはじめMF中田英寿、FW城彰二、GK川口能活が海外クラブで活躍。現在は多くの選手が世界各地でプレーしている。前園氏は「こうして振り返ると、日本サッカーが世界に飛び出す“初めの一歩”になったと感じています。紆余曲折はあったものの、サッカー界が大きく飛躍した平成は終わりますが、令和になってさらにいい方向に向かうはずです」と新時代に期待した。