武田修宏氏が告白 Jリーグ開幕時のカズへのジェラシー

2020年05月15日 16時40分

27年前の5月15日。ド派手なセレモニーとともにJリーグが開幕した

【東スポ60周年記念企画 フラッシュバック(4)】プロサッカーのJリーグは27年前の1993年5月15日、V川崎(現東京V)―横浜M戦で華々しく開幕した。東京・国立競技場で行われた試合には5万9626人もの大サポーターが詰め掛け、Jリーグブーム到来を予感させた。創刊60周年を迎えた本紙の連載「フラッシュバック」では、当時V川崎でスタメン出場を果たした元日本代表FW武田修宏氏(53)を直撃。“歴史的一戦”に何を考えて臨んだのか。歓喜と苦悩の胸中を明かした。

 悲願だったプロリーグの開幕戦。武田氏は「グラウンドに入る直前、すごい歓声が聞こえて、いろいろな感情がよみがえってきた。タイミングが合わずにプロ選手になれなかった仲間もたくさんいたし、ひのき舞台に立てる喜びとか…。緊張感もあったし、武者震いもあった。グラウンドに入る前、思わず涙が流れてきた」と振り返った。

 これまで行われてきた日本サッカーリーグ(JSL)は1991年―92年シーズンで、その歴史に幕を閉じ、プロとして迎える新時代。1試合だけ先行開催となった開幕戦のカードには、前年度の天皇杯覇者・横浜Mと最後のJSL王者となったV川崎が選ばれた。

「JSLを引っ張ってきた2チームだったからね。それは素直にうれしかったけど、その後は日に日に晴れの舞台に先発で出たいという思いが強くなった。両チーム合わせて22人の選手しか先発のピッチに立てない。歴史的な試合に自分の名前を残したかった」と、開幕スタメンに照準を合わせたという。

 ただ、そのためには過酷なチーム内競争を勝ち抜かなければならなかった。「清水東高(静岡)を卒業し、86年に読売クラブに入ったんだけど、FWはいつもサバイバル。助っ人のブラジル人のストライカーがいたし、90年にはカズさん(三浦知良=53、現横浜FC)も入団してきた。スタメンで出るには結果を出すしかない…。そう思ってプレーしていた」

 当時、V川崎には武田氏とカズ、バルセロナ五輪アジア予選を戦った若手のFW藤吉信次ら日本選手に加えて、オランダ代表歴もあるFWへニー・マイヤーが緊急入団。日本代表の常連ストライカーとはいえ、ポジション争いは過酷だった。

 特にブラジル育ちのカズは特別な存在だったという。「同じFWだったし、定位置を争うライバルでもあったからね。今だから言えるけど、ジェラシーみたいなものはあった」と告白。タイプこそ違うものの、ストライカーとしてしのぎを削り合った。「当然だけど、意識したよ。一つミスすれば次の試合の先発を外されるようなチームだったし、カズさんは確実にチャンスを決めていたから自分もシュートは外せないって。常に緊張感を持っていた」と苦悩の日々を振り返った。

 そして迎えた開幕戦。武田氏はカズらとともに先発メンバーとして国立のピッチに立った。「当時のチームはラモス(瑠偉)さんを筆頭に強烈な個性を持つ選手ばっかりだったね。今で言う本田圭佑が11人いるようなチームだった。みんなワガママを言うけど、試合になるとしっかりやる。そこはプロだった。試合は1―2で負けたし、自分も前半で交代となり、悔しさもあったけど、それも含めて良い思い出」

 今年の4月5日、NHK―BS1でJリーグ開幕戦が再放送された。27年前の映像を見た武田氏は「懐かしかったね。技術では今の選手にかなわないけど、ひたむきさとか激しさは負けていなかった。カズさんから『27年前の試合も面白かったな』とメールが来たけど、あの試合は忘れられないよ」としみじみ語った。

【開幕戦VTR】V川崎はFWの武田、マイヤーに加えてトップ下にカズを置く4―3―3布陣で、対する横浜Mは元アルゼンチン代表FWラモン・ディアスを1トップに置いた。試合は序盤から激しい攻防を繰り広げ、先制したのはV川崎だった。前半19分にマイヤーがペナルティーエリアの外から約25メートルの豪快なミドル弾。記念すべきJリーグ第1号ゴールでリードした。

 後半に入ると、横浜Mの逆襲を受けた。3分にはDF陣のスキを突かれ、ショートコーナーから最後はMFエバートンに決められて失点。さらに14分、MF水沼貴史の放ったシュートのこぼれ球をディアスに左足で押し込まれて逆転を許した。その後、V川崎は猛攻を仕掛けるが、ゴールネットを揺らせずに開幕戦の勝利を逃した。

【6年間勝利なしの天敵に会心の一撃】Jリーグの開幕戦で激突したV川崎と横浜Mの対戦は「伝統の一戦」とも言われ、JSL時代から激闘を繰り広げてきた。武田氏は「速いパス回しから攻める読売と、堅守から素早い攻撃を武器にする日産というのが当時の構図じゃない? 読売はブラジルで、日産はアルゼンチンかな。とにかく激しかったし、南米最強の2か国の戦いをほうふつとさせていた」と振り返る。

 ただ、V川崎はJSL時代から横浜Mが苦手。1987年3月に武田氏の2ゴールで勝利して以降、約6年間も勝利なし。Jリーグ開幕戦でも1―2と逆転負けして、V川崎にとっては天敵だったが、その“負の連鎖”を止めたのが武田氏だ。93年11月10日、Jリーグ第2ステージ第11節で、V川崎は横浜Mと国立競技場で対戦。序盤から互いに譲らずに0―0で延長戦に突入すると、開始1分に右クロスに合わせた武田氏がネットを揺らし、1―0。実に6年8か月ぶりの勝利をもぎ取った。

「あの試合は覚えているよ。ビスマルクにパスして最後はクロスに合わせたんだよ。Jリーグの開幕戦もだけど、ずっと勝てていなかったからうれしかったよ」と興奮気味に語った。