41歳・中村俊輔 シーズン途中にJ2行き決断の裏

2019年07月17日 16時30分

記念撮影した(左から)服部健二GM、俊輔、広島から加入のFW皆川佑介、奥寺康彦会長

 天才レフティーの皮算用は――。J1磐田からJ2横浜FCに移籍した元日本代表MF中村俊輔(41)が16日、横浜市内で入団会見に臨み、さっそくチーム練習に合流。元日本代表FW三浦知良(52)らと切磋琢磨しながらさらなるレベルアップを図り、チームをJ1昇格に導く活躍を誓った。シーズン中に“格落ち”ともいえるJ2クラブへの移籍。異例の決断の裏には、将来を見据えた“もう一つの理由”があった。

 チームこそ違えど、横浜の地に戻ってきた俊輔は「チームを替えることはリスクやネガティブな部分もあると思うが、自分のプレーでポジティブな移籍にするしかない。チームをJ1に上げて、また自分がJ1選手になる」と自分自身へミッションを課した。

 もちろん、元日本代表10番で欧州でも活躍した実績だけで無条件に出場機会を与えられるとは思っていない。「自分がレベルを上げていかないとという危機感は持っている」。ポジション争いも覚悟の上だが「もともとJ2も見ていて(横浜FCの)試合も見て、誰がどんなプレーをするのかわかっている。結果を出せるようにしたい」とピッチに立った時のイメージはすでにできている。

 負傷した左足も「(復帰まで)1か月はかからないと思う」と順調に回復しており、今後は“昇格請負人”としての重責を担うことになるが、シーズン中のJ2クラブ移籍には別の側面もある。

「(横浜FC移籍は)いい選手がいて、自分がプレーしやすいかなというのもあるけど、自分がJ1に上げてみたいというのもある。今までそういう経験がないから、自分が指導者になった時を考えて選手として見てみたかった」

 サッカー人生初の2部クラブで1部昇格を目指す過程に身を置くのは、引退後の指導者人生のプラスになる、というのが俊輔の考え。振り返ってみれば、2017年1月にJ1横浜Mから磐田に移籍した際も“指導者修行”も意識していた。名波浩監督(当時)について「自分とプレーしたことがある方のもとで1回やってみたいと思っていた。名波さんは、どんなミーティングをやって、どうメンタルをケアして、クラブのマネジメントとかどうやっていくのかも興味ある」と語っていた。

 現役選手としてチームの勝利に貢献するのが一番なのは理解した上で、先も見据える。すでに日本サッカー協会のB級コーチライセンスも取得済み。日本サッカー界に歴史を刻む名選手は、様々な経験を積みながら名指導者への道を模索していく。