日本サッカー界は原点の「代表強化」に戻るべき

2015年02月04日 16時00分

【武田修宏の直言!!】

 

 アジアカップは開催国オーストラリアが延長戦の末、2―1で韓国に競り勝ち初優勝。

 

 両国とも持ち味を十分に発揮した白熱の好ゲームだったね。その一方、日本は準々決勝で敗退し、結果を残せなかった。

 

 いい戦い方を見せながらも勝てなかったのは、厳しい環境での試合が少ないことに原因があると思うね。日本代表はブラジルW杯後からアジアカップまで海外での試合はシンガポールで戦ったブラジル戦だけ。国内での親善試合ばかりでは緊張感が高まらないし、強化にもつながらないよ。

 

 以前にもこのコラムで指摘したように、国内で親善試合を開催することで、スポンサーへの配慮や日本サッカー協会が収入を得るのは大事なこと。だけど強化を最優先にしないと今後、衰退していく気がしてならない。1993年にJリーグが発足する以前の日本サッカー界は「どうしたら強くなれるのか」だけを考えていたし、プロ化も「代表強化」が大前提だった。20年以上がたった今、サッカー界の取り組みは強化よりも商業化が最優先されている。もう一度、原点に戻るべきではないかな。

 

 欧州強豪国との対戦は無理としても、ソウルで韓国と、北京で中国と対戦するなど、過酷な環境の敵地での試合を増やせばチームとして成長できるはず。国内でも真剣勝負のタイトルがかかった大会にすれば、緊張感も生まれる。

 

 限られた日程しかない試合日を強化のため、有効に使ってほしいね。

 

 (元日本代表FW)

 

 ☆武田修宏:たけだ のぶひろ=1967年5月10日生まれ。静岡県出身。幼少期から「天才少年」と呼ばれたストライカー。名門・清水東(静岡)から86年に読売クラブ(現東京V)入り。ルーキーながら11得点を挙げ、リーグVに貢献し、MVPにも選出された。Jリーグ発足後はV川崎や磐田、京都、千葉などでプレー。00年には南米パラグアイのルケーニョに移籍。01年に東京Vに復帰し、同シーズンで現役引退した。Jリーグ通算は94得点。JSL時代も含めれば152得点を挙げた。87年に日本代表に選出。93年米国W杯アジア最終予選でドーハの悲劇を経験した。

 

 

 

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