【武田修宏の直言!!】アジアカップ1次リーグD組の最終戦(20日)で日本はヨルダンに2―0で勝って3連勝とし、同組1位で決勝トーナメント進出を決めたが、日本にとっては内容、結果ともに素晴らしい試合だったね。特に、本田の先制点のシーンには日本の良さが凝縮されていた。乾がタメを作り、岡崎の絶妙な抜け出しからのシュート、そして逆サイドの本田の動きはすべて狙い通り。なかでも、岡崎の動き出しの質は抜群で、チーム全体が岡崎のプレースタイルを完全に理解していることがうかがえるよ。

 本田がイラク戦のシュートミスの汚名を返上するゴールを決めたけど、今の本田はゲームメーカーだったこれまでとは違い、誰かが試合を作ってくれた上で生かされる形がベスト。そのパターンを確立しつつあるのは心強いよ。右FWの本田がゴールを決められるのは逆サイドの乾の出来の良さと、それをフォローする長友のおかげ。長友と乾にマークが集中することで逆サイドの本田のマークが薄くなる。やはりアジアレベルでは岡崎と長友の力は群を抜いていると感じたね。

 決勝トーナメントに進出した8チームを見ても、日本以上のチームはない。日本のこの大会の目的は、優勝して2年後のコンフェデレーションズカップの出場権を獲得すること。今大会で存在感を見せているベテランの遠藤が3年後のロシアW杯で今以上のプレーができる保証はない。W杯前哨戦で若手にチャンスを与える舞台を確保するためにも、今大会は優勝がノルマ。まだ1次リーグが終わっただけだが、3年後のW杯で勝つためには、このくらい逆算した考え方が必要だ。

 ☆武田修宏:たけだ のぶひろ=1967年5月10日生まれ。静岡県出身。幼少期から「天才少年」と呼ばれたストライカー。名門・清水東(静岡)から86年に読売クラブ(現東京V)入り。ルーキーながら11得点を挙げ、リーグVに貢献し、MVPにも選出された。Jリーグ発足後はV川崎や磐田、京都、千葉などでプレー。00年には南米パラグアイのルケーニョに移籍。01年に東京Vに復帰し、同シーズンで現役引退した。Jリーグ通算は94得点。JSL時代も含めれば152得点を挙げた。87年に日本代表に選出。93年米国W杯アジア最終予選でドーハの悲劇を経験した。

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