J1仙台は4日、元日本代表FW柳沢敦(37)が現役を引退すると発表した。
「自分が求めるパフォーマンスと今できるものにギャップがあった。チームに残していくものが限界に近づいてきたと感じた」と柳沢は会見で決断の理由を説明。最後の所属となった仙台の思い出について「移籍した最初の年に震災に見舞われて、大きな悲しみの中で一つになって戦う姿勢を見せられたシーズンだった」と振り返った。
1996年に富山第一高から鹿島に入団するとすぐに頭角を現し、日本代表としてW杯にも02年日韓、06年ドイツ大会と2大会連続出場。イタリアでもプレーし、J1通算108得点は、日本人選手として史上6位の記録だ。一方で、99年にはU―22日本代表としてシドニー五輪アジア1次予選を戦っている最中に宿舎を抜け出し、交際していたタレントの梨花と密会していたことが判明。
チームを追放されるなど、スキャンダラスな話題も多かった。
柳沢にとって最大の転機となったのは「QBK」事件。ドイツW杯1次リーグ2戦目のクロアチア戦。ゴール前中央で右からパスを受けた柳沢は触ればゴールという決定機を外した。試合後の「急にボールが来たので」というコメントはネット上で「QBK」と騒がれ、世界中で報道。「柳沢のシュートは芸術品」(ドイツ紙・ビルト)、「鹿島というクラブに同情する」(フランス紙・レキップ)などと酷評された。
そのクロアチア戦が日本代表としてプレーした最後の試合。07年シーズンで鹿島を退団した後は、京都、仙台と渡り歩いた。
今後は未定だが「一生サッカー人であることは間違いない。指導者は一つの目標」としている。